2016年01月30日

市長リコール最後のチラシを発行しました

市長リコール署名、後1週間となりました。2年余の庁舎見直しが、市長リコール署名運動となりました。この2年間、いろいろなことが起きました。4年振りに戻った議会は、新鮮に映りましたが、次第に依然と変わったのは、顔ぶれだけだと思うようになりました。

 二元代表制と唱えるだけで、相変わらず目指すべき議会の姿は見えてきません。庁舎問題で始まった議会は、庁舎問題で醜態をさらけ出しました。「住民が主人公」を強調した議会基本条例は、住民投票の結果が示すように、「仏作って魂入れず」状態であることがわかりました。「市長リコールより議会リコールを優先すべきではないか」と言われるように、議会の信頼は地に落ちた様な状態です。

 なぜ、議会は信頼されないか?議員は真剣に考えなければなりません。なぜ、市長リコールが求められたのか?一部の扇動者が悪いという少数レベルの運動ではありません。議員は、市長リコールをどう考え、どう動いているのか?議員が傍観者であってはなりません。議員個人の主張は何なのか?

 市長リコールは、全市民に向けた取り組みです。各議員は何を考えているのか?自分には関係ないことなのか?市民に選ばれた議員が、意思表明をしなくて良いのか?市民が、新城市政に問題を投げかけました。議員は、どう考えているのか?会派を名乗る新城同志会に属する議員は、意思を明確に示しました。市民には、その動きが目に映りました。何も語らない議員に比べれば覚悟が見えました(内容は?)。

 議会の存在感が、市長リコール運動にはありません。議員とは何か?全ての議員に、考える機会を市民が作ってくれました。市民の不安に応えるために、議員はどうすべきか?住民投票、市長リコールというめったに経験できない場に議員としているのです。誰かが結論を出してくれるのではありません。議員はその結論を自ら出さなければなりません。議会が市民から信頼を得るために何をすべきか?残された1週間で考えて欲しいものです。

 市長リコールの会の900名前後の受任者が、様々な困難を経験しながら残り1週間を取り組みます。「新城市民ってすごいじゃん」と思います。様々な批判も出ています。未熟な点も否定できません。でも、損得無しで頑張っている姿に拍手を送ります。受任者のみなさん、共に頑張りましょう。全市民のみなさん、立ち上がった同じ市民へのご支援をお願いします。

 最後のチラシをお読みください。


市長リコール運動告知ビラ④ver4.pdf
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2016年01月28日

市長リコールと政策

 市長リコールと政策の関係が市民の中でも議論になっています。僕のブログ上でのコメントでの議論ではなく、ブログで書きます。考え方は色々あるので、いつまでも議論が続く課題と言えるかもしれません。それぞれの立ち位置が違うため、いつまでも平行線かもしれません。

 松下先生は、「家を壊した後、その後、どんな家を建てるか考えないで家を壊すだろうか」とおっしゃっています。一つの考え方として成り立つと思いますが、リコールを求めている僕たちとの危機感の違いだと思います。

 普通は、家を壊す前に、何で壊す必要があるか考えます。古いから、不便だから、飽きたから、お金が入ったから、気分を変えたいから、色々考えて壊す決断をします。何も考えないで家を壊す人はいません。ただ、壊すかどうかの判断に於いて、家がどの状態にあるかが考えるポイントになると思います。

 例えば、老朽化が進み、今後想定される東海地震を考えると、建替えた方が良いかもしれないとします。家族の中で議論が行われることになります。その議論を考えてみます。老夫婦と娘・息子(どちらも独身)の家族として考えます。

娘「おとうさん、もう建替えないと、東海地震の時もたないわよ」
父「まだ、大丈夫。使っている柱は、今の住宅みたいに細くないぞ。簡単には壊れん」
息子「家の構造を見れば、壁も少ないし、地震がくればひとたまりもないと思うよ」
父「地震の影響は否定できんが、命まで取られんと思っている」
娘「おとうさん、甘いわよ。色々なところで地震が起きているし、呑気なこと言っている時じゃないと思うけど」
母「地震のことを考えると、心配だけど、まだ大丈夫のような気もするけど」
息子「周りを見てみなよ。こんな古い家、うちだけだよ」
娘「市役所からも、耐震補強したらどうかという案内があるでしょ」
父「耐震補強しても、金がかかるだけで、たいした補強にはならんと思っている。耐震補強やるなら、建替える」
息子「それなら、建て替えを考えようよ。死んでから悔やんでも仕方がないじゃないか」
母「それでも、あんたたちがこれからどうなるかわからないし。お父さんと二人だけなら、このままでも良いよ」
父「そうだな、お前たちが結婚すれば、この家にいないかもしれんな」
娘「わたしたちのことは、いつになるかわからないけど、地震は明日くるかもしれないのよ」
父「明日くるかもしれんが、こないかもしれない。わしたちが死んでからかもしれない」
母「建て替えしても無駄になるかもしれないから、このままでいいかな?」
息子「何言ってんだよ。命の危険があるのに何もしないなんておかしいよ」
父「おかしいと言われても、あんまり建て替えの必要は感じんな」
娘「もし、建て替えしておけば、将来安心と思わないの」
父「建て替えしても、本当に命が助かるかもわからんしな。お金もかかるし。もうちょっと我慢してもいいじゃないかな」
息子「僕も、この家に住んでいるんだよ。父さんたちのことだけでなく、僕たちのことも考えてよ。建て替え費用は、僕も責任を持つから。建て替えした時の家のことも考えながら話しても良いじゃないか」
父「わし達が死んでから考えてくれ。建て替える気もないのに、次の家の事なんか考える必要もないし」
娘「お父さんたちだけのことでなく、私たちのことも考えて欲しいんだけど。この家本当に危ないのよ」
息子「本当だよ。真剣に考えようよ」
母「そうだね、お父さん検討したらどうですかね?」
父「確かに、お前たちのことも考えないとまずいかな」
娘「是非、考えてよ。私たちも協力するから」
息子「そうしようよ。お父さんたちが了解してくれれば、次の家のことも考えられるけど」
父「将来のことも考えてみるか」

という考え方もあるのではないでしょうか?市長リコール署名運動を進めている市民の思いは、娘・息子の思いなのです。現状認識が違っていては、新しい家の議論(市長選)に入れないという考え方もあると思います。まず、何が問題なのかを市民が考える必要があります。市長リコール署名は、その場であると考えています。そして、市長のリコール住民投票は、市民が問題点を判断する場所です。危機感の違いが、議論に表れていると書きました。任期終了後の市長選とリコールの違いがそこにあります。

 「まだ大丈夫」「また考えればいいさ」では取り返しがつかないことが、考えられるから市長リコール署名で、市民に問題点を伝え、判断する場を作ろうとしているのです。その場が、市長リコール住民投票です。そして、住民投票の有効投票の過半数で、市長は解職(家族での家の建て替えが決定)となります。続いて、市長を選ぶ(家の設計をする)市長選になります。

 市長交代の緊急性がある時、市長リコールが存在しているのです。政策を語れというのは、市長選の時は必須条件です(現実は、政策選択は一部)。しかし、緊急性がある時、政策を語れと主張し、政策が比較できないと市長リコール署名はおかしいということは、通常の市長選挙と市長リコールを混同していると考えます。

 自分が乗っている船が火事になっていたら、どうしますか?黙って沈むことを待っている人はいないでしょう。だれもが、火を消そうとするか、それが無理なら、どうにかして逃げようとしますよね。とにかく、自分の身を守ろうとするでしょう。次はどんな船に乗ろうかなどと考えませんよね。市長リコールは、自分が乗っている船(新城市)が火事(将来が見えない。無駄な事業が執行されようとしている)になっていると考えた市民の緊急対応です。市長リコールが緊急時に必要とされていると考えないと議論は混同されてしまいます。

 別の例を考えてみます。市長に贈収賄の疑惑が持ち上がったとします。市民団体が市長リコールを求めた時、市民は、今回と同じように「次の候補は誰か」「政策を示せ」とは言わないでしょう。贈収賄疑惑の市長本人の適格性だけを判断するでしょう。その上で、市長リコールが成立すれば、政策を出し合う市長選となります。リコール反対の新友会は「穂積市長に瑕疵はない」と叫んでいますが、「瑕疵」の認識が違います。「贈収賄の疑惑」などは、「瑕疵」の判断がしやすい(新友会も瑕疵と言うでしょう)と思いますが、僕は、10年間の停滞、庁舎見直しの混乱、今後の財政計画の不透明性、将来のビジョンの無さなど、大きな「瑕疵」と考えています。

 市長リコールは、市長の問題点が明らかにされ、市民が共通認識(「瑕疵」がある)を持つことで成立するのではないですか。そこに、次の市長選とか、政策を混同させたら、市長リコールの目的を失いかねません。市政に緊急的な不安があり、その不安を取り除くためには市長を交代させなければならないと判断した市民が、市長リコールを提案したのです。

 その対にいる市長または支援者たちが、その不安は問題ないという事実に基づいて反論しないと、議論はかみ合わないのです。新友会を含めて、市長リコールに反対する人たちからは、反論が出てきません。反論ができないから、人権侵害や脅しでごまかそうとしているとしか思えません。穂積市政は、新城市をどこに向かわせようとしているのでしょうか?

 新城市は、呑気に構えていられる状況ではないと思います。市長リコールが成立しない限り、庁舎だって、職員数の検討のないままですが、もう見直しはありえません。新城市のビジョンも見えていません。今年度中には、地方創生法により、国・県の計画に沿って、新城版「総合戦略」が決定されます。穂積市長の後援会ニュース(2016年新春号)には「動き出す地域創生ビジョン」と大々的に見出しを打っていますが、内容が薄っぺらです。

 後援会ニュースで語られているのは、「新城-名古屋間で通勤・通学の高速バスの運行」「若者政策」しかありません。もう10年も市政を担っているのに、国を挙げての地方創生の新城の取組があまりにも夢がありません。このビジョンの無さに危機感を感じます。新城版「総合戦略」は、各部・課で検討された弊害で、あまりにも盛りだくさんの計画となっています。

 一番大事なことは、市長のリーダーシップです。新城市の目指すべき方向を明確に示し、その方向に沿った選択と集中がなければ、「あぶはち取らず」となるでしょう。予算が限られているのです。あれもこれもできないのです。10年経ってもこの状況なのです。さらに、任期残り2年で、予定されている箱物事業も心配なのです。「もっくる新城」「大善寺前の広い道路」「新庁舎」「新城駅前整備」などが穂積市長の特徴を示しています。新城市のビジョンがないままの、箱物事業です。十分な構想もないまま、事業だけが進められては困るのです。

 今、政策を実行しても、大きく実るのは5年、10年後です。今、具体的な政策が見えないのです。この点が危機的なのです。議員にも危機感が感じられません。危機感で市長リコールに動き出した市民の方が、新城市の将来に責任を持とうとしています。危機感を持って動いている議員もいますが、市長リコール署名の動きに危機感を持っているという見当違いの動きです。会派「新城同志会」のみなさんには、議員としての立ち位置を考え直して欲しいものです。議員が、市長の方に立ってはだめでしょ。

 市長リコールは、新城市で初めての取組です。危機感を共有した市民が、新城市の問題点を多くの市民に届けています。問題点を共有できれば、その解決が政策になるのです(何回も言ってきたように思いますが)。「市長リコールを求めるなら政策を語れ」と言う人たちに言いたいことは、「あなたはどんな新城市を目指したいのか」ということです。

 市民が議員、市長のレベルを決めています。議員、市長が悪いと言っていても何も解決しないのです。だめな議員、市長に「ノー」を言える市民にならなくては。「ダメなものはダメ」と立ち上がった市民は、大きく新城市の歴史を変えようとしていると思います。そんな中からしか、信頼できる議員、市長は出てこないと思いませんか。市長リコールが成立した後の市長選は、これまでにない政策選挙を市民は求めるでしょう。政策を語れずに市長選に名乗りを上げる候補者は選ばない、そんな新城市民になりませんか?
posted by 地産池消 at 23:32| 愛知 | Comment(7) | 新城の施策 | 更新情報をチェックする

2016年01月23日

政治倫理審査会が設置され、告訴状が受理されました

 1月20日、山崎議員に対しての政治倫理審査会が設置され、1月22日、新城警察署へ告訴手続きを行い、同日に告訴状(添付資料)が受理されました。

 市長リコール運動賛成・反対の議論に、余分なものが入り込んできました。お互いの考え方を示し、どちらの考え方に共感する人が多いかでリコール運動の結論は出されるはずでした。しかし、議論を否定し「脅し」「ごまかし」でリコール運動を抑えようとする人たちが出てきました。

 新友会は、新友会報で、「市民自治社会」を否定する報道を続けました。市民に誤解を広げ、市長リコール署名への協力をためらう市民の存在が少なくありません。話せば理解してもらえる場合が多いですが、誤解のままの市民の存在も否定できません。

 市長リコールには、多くの考え方が出ています。当然です。「地方政治は民主主義の学校」と言われます。そのために必要なことは、自分で考え、自分で結論を持ち、自分が行動し、自分で行動の結果を評価することを繰り返すことです。繰り返すことで「自治意識」は鍛えられると思います。誰かにお任せでは、いつまでも「自治意識」は育たないでしょう。自分で考えるためには、多くの考え方の存在は望ましいことです。

 自分で考えるためには、様々な情報を集め、様々な議論を行い、取捨選択しなければなりません。取捨選択するためには、判断する能力と様々な経験が必要です。多くの市民は、庁舎建設に於いて、検討は一部の市民、市長、議会にお任せしてしまいました。自分で考える意識も情報も不足していたことは否定できません。しかし、見直し運動を通して、多くの市民が、庁舎建設を身近な問題として考え、住民投票を実現させ、市長案を多くの市民が支持しませんでした。自分で考え、自分で判断し、自分で行動する貴重な経験をしました。

 住民投票の結果が出て、多くの市民は「結論が出た、これで終わり」と思いました。5ヶ月経ち、市長の見直し案が出ました。冷静に考えれば、おかしいと思うでしょう。「東庁舎活用で、規模は大きく縮小されると思ったら、東庁舎面積は、庁舎面積から外した?でも東庁舎がなければ見直し案は成り立たない?」「金額も大きく変わると思っていたけど、減らしたことを強調するために、これまで使ったお金を庁舎費用から外した?東庁舎改修費用も外した?東庁舎活用すると改修費用が2億円もかかると反対していたのに?」「見直しを進めていた団体とは、合意を得るための努力はなぜしなかったの?事前協議という場で、見直しを求めていた団体案の揚げ足をとろうとはしたよね」

 市長リコール署名が始まると、新友会が立ち上がり、お伝えしたように、議論を抑えるための会報を発行しました。まともな情報を出さず、議論する前に、誤解により思考停止になりかけている市民の姿も見えています。僕たちは、チラシを持って、一軒一軒回って、色々な声を聞く努力を続けています。多くの市民に直接情報を届けています。

 地方政治を民主主義の学校にするためには、繰り返しの議論が必要なのです。多くの考え方を認め、より多くの市民の合意を目指す努力が必要です。今の新城市のやり方は、いつも一方的です。住民投票の説明会でも、今回の庁舎説明会でも、説明するのは、市長案のみです。なぜ、もう一方の考え方があり、それも多くの市民が「説明のやり方がおかしい」と言っても、そのやり方は改めず、問題なしと言い切りました。それらの説明会を手伝う市民もいます。なぜ、同じ市民の中に、違う考え方があることを知りながら、一方的な説明会に疑問を持たないまま、市のやり方を進めてしまうのか不思議です。

 多くの市民宅に「署名はしないで」という電話が入っているそうです。「私はわからない」「家族と相談してから」「もう歳だから考えても仕方がない」「とにかく署名はしない」など、民主主義の学校に入る前に、議論を断る市民の存在も少なくありません。市長リコールは、民主主義の学校の授業です。せっかくの授業です。リコール賛成・反対のどちらも、感情的にならず議論をしなければならないと思います。そのために、僕たちは、各種チラシを市民に届けてきました。議論がかみ合うように、リコール反対の方たちの民主主義にも期待したいのですが。僕たちもその責任を果たすために、誠実な努力を呼び掛けていきます。


告訴状.pdf
posted by 地産池消 at 09:00| 愛知 | Comment(1) | 新城の施策 | 更新情報をチェックする

2016年01月21日

政治倫理審査会が設置されました

 1月20日、議会運営委員会で政治倫理審査会の委員が決まり、正式に政治倫理審査会(以下、審査会)が活動を始めました。委員は、長田議員を対象とした審査会では、議会運営委員会の6名が委員になりました。今回は、議会運営委員の山崎議員は、政治倫理条例違反を審査される当事者であるため外れ、議会運営委員会の5名(丸山、小野田、滝川、山口、村田議員)に総合政策特別委員会の委員長の菊池議員が加わり、計6名で構成されました。

 もしかして、「山崎議員の関与の事実が分からない」と、申請拒否があるかもしれないとも考えましたが、条例通り申請条件(議員総数の1/12以上の議員数による申請)を満たしたことで、政治倫理審査会が設置されました。審査会の委員長は丸山議員、副委員長は小野田議員が審査委員全員で合意されました。次回の審査日は、委員長と議長で協議し決定されます。

 今後、どの様に審査が進められるかは不透明です。前回の審査会の様に、弁護士、大学教授などの専門家からの助言を前提に、委員の思い込みだけでの判断がされないことを願うばかりです。議員が市民への誹謗中傷を公に宣伝するチラシ作成に関わったという大きな問題なのです。議員活動の有り方にも大きく影響します。真摯に、慎重に審査を進めることが不可欠です。

 審査会の委員構成も決まり、今回の審査会申請に関する議論が終った後、滝川議員から検討課題が投げかけられました。各委員もそれぞれの意見を述べ、今後の検討課題となりました。その課題は、「今回の様に、2名の議員からの申請があれば、無条件で審査会が設置されることになるが、事実かもわからない案件で申請された時も審査会が設置されてしまい、乱発も考えられるので、何らかのルールが必要ではないか?」というものです。

 もっともな意見の様に聞こえます。しかし、他市の議会の政治倫理条例も同様に、申請条件を満たせば無条件に審査会は設置されることになっています。これは、何を意味するかが大切です。僕は、申請内容が正しいかを事前に審査することは、まさに審査会が行うことを誰かに委ねてしまうことだと考えています。

 つまり、議長が事前審査するとか、議会運営委員会が事前審査するとかしたら、議員の恣意的な判断に依り、申請が受理されないことにつながるでしょう。議会内の力関係が、申請の受理の可否を決めてしまうことになりかねません。もし、いい加減な判断での申請であれば、審査会での結論が申請者(市民でも有権者の1/100以上の連署で申請は可能)への戒めになります。市民の自治意識向上を促すことにもなるでしょう。

 審査会は、議員の政治倫理意識向上に於いて効果を上げることもできます。情けないことですが、議員としてやってはいけないことを、議員自らが有識者の声を参考に判断していく過程でもあります。今回の様に、市民を誤解させたり、脅したりすることが、議員としてふさわしくない行動だということを明らかにするしかないのです。

 市長リコール署名に毎日市内を回っています。「太田代表が、自分の土地を買わせるために市長リコール署名を始めた?」「署名したら自分の名前がみんなに見られる?」「市長選の対立候補は誰?(リコール署名は穂積市長の適格性の判断。市長選によって、明らかになった問題点を解決させるための公約が明らかになる。意図的に市長選と市長リコールを混同させている)」などの声が無くなりません。多くの市民が、新友会報を読みました。市民の中に、誤解を広げ、「名前を書くのは覚悟を」と脅してしまったのです。

 色々な不審な動き、心配の声が寄せられています。「署名に協力しないでください、という電話が入った」「家族が市職員だから書けない」「市から仕事を受けているから書けない」「家族に反対された」「家族と相談しないとわからない」「名前が張り出されると聞いた」等々。

 今回の様に、「署名をすることで名前がわかる」という脅しではなく、「あなたの意思は守られています。署名はあなたの自由意志で判断して下さい。新城市政があなたの意思で変わります」と安心して署名の意思を守るべきです。「市民自治社会」は、市民自身が自ら考え、自ら判断し、自ら行動することができる社会だと考えています。そのために、市長、議員は正確な情報提供と、市民の市政参加を促す先頭に立つ必要があります。

 市民間に、「どっちもどっち」という声も出ています。「泥仕合になったら市長リコールの意味が失われる」と心配していました。どうも、その心配が一部現実になってしまいました。僕たちは、市長リコールの目的を市民に伝えようと、手配りの8ページのチラシ一回、新聞折り込みを4回行いました。市民説明会を市内7ヶ所で実施しています。

 できるだけ、分かりやすい情報提供のために、何回も議論を行い、資料作りを進めてきました。普通の市民が、自ら考え、自ら行動してきました。今も、多くの市民がボランティアで、毎日署名集めに動いています。新友会報では、「市長リコール署名のめざすものは野望」と言い切って、何か私利私欲がうごめいているかのように印象付けようともしました。

 何で、市民が作ろうとしている「自治」の営みにブレーキをかけることに力を注ごうとするのか不思議です。まともなチラシも作らず、市民を惑わすだけのチラシづくりの目的がわかりません。何回も言ってきました、市民が守るのは、自分たちの未来でなくてはなりません。市長を守ること、議員を守ることなど特定の個人を守ることが目的ではないのです。

 小さな世界の今だけの営みを見るだけではなく、遠い将来の営みに思いを馳せ、自分の生活と社会全体の幸福を重ね合わせて見ることができる地域社会を夢みたいと思います。「自治社会」とは、もっと自由に幸福に生きられる社会だと思います。自分の意思が最大限守られることなど当たり前です。互いの違いを認め合う(否定し合うことではない)ことが議論をするということです。

 新友会報は、「自治社会」と相いれない特徴を持っています。それに関わった議員、その議員と支え合っている議員集団、穂積派団体のチラシでありながら何も異論を投げかけない穂積市長(こちらが抗議しようとすでに4回も新聞折り込みが行われている。「自治社会」を本気でめざしているのなら、あんなチラシ発行にブレーキをかけるのが当然)など、市民の模範となるべき人間たちの認識がおかしいと思います。

 市長リコール運動の仕組みは、民主主義の到達点の一つです。4年の任期の途中でも、市長でも議員でもリコールできるのです。当選したら、無条件で4年があるのではなく、いい加減なことを続ければ市民によってリコールされるという厳しさが政治家に求められているのです。ただ、乱発をふせぐために、有権者の1/3以上の署名を集めるというとてつもなく高いハードルが用意されているのです。覚悟がなければ、市長リコールなどできないのです。この市民の覚悟を理解できない政治家たちが、今の新城市の混乱を拡大させているのではないでしょうか。


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2016年01月19日

山崎議員に対する議員政治倫理審査会設置を申請

 1月18日、山崎議員に対する政治倫理審査会設置を請求しました。新城市議会は、議会基本条例制定に続き、議員政治倫理条例を制定し、「議会は二元代表制の一翼を担い、その担い手である新城市議会議員(以下「議員」という。)の政治倫理の基本となる事項を定めることにより、議員の政治倫理の確立と向上を図り、もって市民に信頼される公正で民主的な市政の発展に寄与する」という目的を議員に課しました。

 条例第3条8項には、「嫌がらせ、強制、圧力をかける行為その他人権侵害のおそれのある行為をしないこと」と明記されており、「おそれのある行為」においても議員に遵守を求めました。「二元代表性」の一翼の議会の責任を果たすために必要な政治倫理を定めたということです。

 市長リコール運動が始まり、新友会という組織が市長リコール運動に反対する運動を展開しています。既に、新友会のチラシ(以下、新友会報)が4回、新聞に折り込まれました。この新友会報の発行においては、新友会の藤野会長の言葉、山崎議員本人への指摘に対する回答、新聞販売店への対応(山崎議員が新友会報の持ち込みを行っていた)などから判断すれば、山崎議員の関与は明らかです。

 新友会報は、様々な人権侵害のおそれのある記事を載せています。議員政治倫理条例から判断すれば、上記の様に「おそれのある行為」でさえ、条例違反としています。さらに、このようなチラシを発行している新友会の宣伝行動で声高らかに叫んでいます。誰が見ても、山崎議員は、新友会の主力メンバーです。状況から見て、山崎議員は、政治倫理条例に違反していると考えるのが筋でしょう。

 同様に、新友会の宣伝に参加している村田、長田、打桐、柴田議員も政治倫理条例違反が考えられます。議員は、市民と比べて格段に重い責任を持っています。新友会の行動においても、その責任を負うことを覚悟しなければなりません。新友会報発行にも責任はついて回るということです。

 新友会報の人権侵害等の問題と考えられる記事を明らかにします。添付チラシも参照下さい。

①太田代表に対して、「市長リコール署名が自分の土地を市に買わせるために利用している」と勝手な解釈で断定。市民に、太田代表が私利私欲で、市民を扇動しているとの誤解を広げた。

②同様に、庁舎敷地南西角に残る土地所有者に対して、何も確認せず「ぽつんと残って体裁が悪いから、建設予定地に加えて欲しいというのは、虫が良すぎる」と勝手に断定。本人を含め家族に精神的苦痛を与えてしまった。

③リコール運動を「穂積落しの野望」と貶め、「新城の恥」とまで言い切っている。新城市の将来を考えて、真面目にリコール署名に取り組んでいる市民を侮辱。

④「打倒穂積という明確な意思を持つ政治運動」と決めつけ、以前の市長選に負けた人間という言葉で個人を特定し、その後の市長選を狙う「野望」をあらわにしていると断定。真摯に市政改革に取り組んでいる人間の思いを踏みにじる人権侵害。

⑤署名縦覧で、「誰が書いたかわかる」と強調した記事を読み、署名への協力に二の足を踏む市民の声が寄せられた。市民の自由意志への脅しと考えられる。

 いずれも、憶測、恣意的な断定で書いているため、市民に誤解を与えるおそれがあり、真摯に新城市の将来を考える運動を混乱させると同時に、個人に対する人権侵害と言えます。3流雑誌のゴシップ記事のレベルです。議員がこの様な記事に関与することを無視するわけにはいきません。

 しかし、政治倫理審査会の設置は、議会運営委員会で結論が出されます。先日の打合せで、下江議長は「山崎議員が書いた証拠はない」と繰り返し主張していました。どうも山崎議員に対しての対応は逃げ腰でした。問題は、「誰が書いたか?」だけでなく「明らかに山崎議員は、新友会報作成に関与し、新友会の宣伝行動に率先して参加していた」という事実です。もし、山崎議員の関与が分からないと逃げたくても、「おそれのある行為」は明らかであり、条例には「審査会は、審査の対象とされた議員(以下「対象議員」という。)に対する事情聴取、資料の要求その他必要な調査を行うことができる」と明記されており、不明な部分は審査会で、本人から明らかにさせれば良いのです。調査の権限が、審査会に付与されているのです。

 「人権侵害のおそれのある行為」に於いても、政治倫理条例違反としているのです。新城市議会の議会改革の到達点を守る義務が、新城市議会、さらにその責任者である下江議長にはあるのです。長田議員の問題発言に於いては、「本人が謝罪していてもなお、政治倫理審査会を設置」したのです。今回は、長田議員の責任を問わない理由が「特定個人への誹謗中傷発言ではない」という点でしたが、今回は、「特定個人への誹謗中傷の有無」が問題になっているのです。政治倫理条例違反の可能性は、長田議員の政治倫理審査会の審査より高いと言えます。

 この状況で、政治倫理審査会の設置を否定、あるいは設置してもおとがめなし無しとなれば、議会は無法地帯と思われても仕方がありません。議会の自浄作用に期待するしかありません。その場しのぎの対応しかできない議会では、議会改革は進むはずがありません。

 それにしても、現職の穂積市長を守るための運動が、この程度の記事が中心では余りにも悲しい現実です。夢を語る政策論争につなげるためには、穂積市政の問題点の洗い出しが前提だと考えています。「穂積市長が素晴らしい」と言いたいのなら、市民が納得できる実績を示してください。個人への誹謗中傷で市長リコール署名に対抗する姑息なやり方は、何のプラスにもなりません。

市長リコール倫理審査会申請.pdf
posted by 地産池消 at 01:04| 愛知 ☀| Comment(1) | 市議会の出来事 | 更新情報をチェックする

2016年01月16日

新城市議会!大丈夫か?人権無視もお構いなし?

 市長リコール運動で、市民から色々な声が聞こえてきます。数日前、「代表の敷地を買わせるために、市長リコールをやっているのか?」と聞かれました。びっくりです。なぜ、そのように思ったかは、はっきりしています。先日の中日新聞に折り込まれた「新友会報」を読んだのでした。

 「新友会報」には、太田代表を写真入りで載せ、「特に第3案(市民案3のことです)では、建設地南西角に残された民家を建設地に取り込んで描いています。この民家を取り込まなければ、求める会第3案は成立しません。この民家こそ、見直し運動を進めてきた張本人、共同代表の自宅です。その上で、穂積市長に対し、『早急に買収して見直せ』と求めてきました。(略)『ノー』と回答したため、『市長リコール』だと騒ぎ始めました。現在行われている市長リコールの署名集めの真相です」と書いてあります。荒唐無稽の主張です。

 「太田代表が自分の利益に為に、市民を騙している」と公言したということになります。人権意識を失っています。それも、読者に民家の所有者と太田代表を混同させてしまったのです。見直し運動を進めてきた「共同代表」とは誰かを説明しないまま、記事を進めてしまいました。見直し運動は、入船地域の住民を中心に「市庁舎建設を考える入船関係地域住民の会」が結成(H23.5.28)されて、始まりました。この時の共同代表が、太田さんと民家の所有者でした。この時の共同代表と、市長リコールの会の代表を紛らわしく書いているため、読者が誤解をしています。

 この記事は、太田代表、民家の所有者に対しての「名誉棄損」に当たると思います。市長リコールが、自分の利益のためと、勝手に決めつけ、本人たちの思いを踏みにじったのです。お二人が、自分のことだけを考えているのであれば、なぜ見直し運動を中心になって進める必要があったのでしょうか?

 お二人は、多くの高齢者世帯の立ち退きを前提とした理不尽な巨大庁舎の建設計画に、新城市の将来を心配し、様々な資料を集め、市長にも議会にも中心になって「おかしいではないか?」と疑問の声を挙げ続けていたのです。その熱意を支えたいと僕も仲間の一人(この時は議員ではありませんでした)として見直し運動に参加しました。それから何年も、見直し運動を続け、住民投票を実現させてきたのです。

 自分の土地を買ってほしいだけであれば、市の用地買収に応じれば済むことで、何年も大変な運動に参加する必要はありませんでした。市民試案1(3階建)作成の段階で、この案で見直しが実現し、納得できれば、市のために協力してもよいという意向を表明していました。住民投票結果も市民案支持でした。この場になって、「買わないからリコールだ」という勝手な解釈で、特定の個人を貶めることは許されません。

 新友会は、この主張を繰り返しています。2回目の発行チラシで、この主張を最初に載せました。「これは人権侵害だ」と、藤野会長に抗議もしています。抗議に対して「問題があると思えば、何でもやれば良い。こちらも戦う」と言い切るのみでした。新友会の人権意識は異常です。藤野会長の確認無しの3回目のチラシのごたごたで、藤野会長自身の言葉から、記事の編集には山崎議員が関わっていることも明らかになりました。

 いよいよ大変な状況です。公人である議員が、市民への誹謗中傷に関わっていたのです。それも、市長リコール署名を法に基づいて申請した共同代表者への誹謗中傷なのです。長田議員の不用意発言で、新城市議会は全国的に大恥をかき、長田議員は政治倫理審査会にかけられました。議員の発言・言動の重さを新城市議会は経験したのです。

 政治倫理審査会では、弁護士・地方政治の専門家である大学教授の意見も参考に、長田議員の議員としての責任を審査し、「発言の内容は議員としてふさわしくないものの、特定の人物を誹謗中傷するものではなく、処分までは問うべきではないと判断する」と結論を持ちました。

 市民からは、「身内に甘い」と批判されましたが、今後においては「議員の不穏当発言への厳正な対応」「憲法で保障された表現の自由は最大限尊重されなければならないものの、誤報や相手を傷つけるケースがないとは言い切れない。規制や制限でなく、市議会議員として自主的に守る最低限のルールについては今後検討する」としました。

 今回の山崎議員の関わり方は、まさに長田議員の責任を問わない理由とした「特定の人物を誹謗中傷」するものであり、今後の検討課題そのものであり、議会としては無視できるものではありません。一般市民が行うことであれば、議会の責任を問うわけにはいきませんが、議会改革を看板に掲げている議会であり、最近に於いても「議会改革」を主張し、議長選挙を勝ち抜いた下江議長であれば、議員が関わっている不祥事を無視するわけにはいかないはずです。

 以上の視点で、1月15日に下江議長に申し入れを行いました。「議員は公人として活動をしている。属している組織の不祥事に対しても責任を取らざるを得ない立場である。新友会報の人権侵害と判断される記事の責任は、藤野代表と共に、公人である議員も取るべきである。長田議員問題を経験した議会として、議会改革を進めるためには避けて通れない問題である。もし、全てを不問にするというのであれば、議会改革の旗を降ろすべきである」と伝えましたが、下江議長からは明確な回答はありませんでした。

 事前には、議会改革のためには、今回の問題を全員協議会で協議することを求めていましたが、「山崎議員が関わっている証拠はない」(こちらが証拠を提示しても無視)と全員協議会の開催を拒否していました。どこまでも、自分勝手な「議会改革」です。穂積市長の自分勝手な「市民自治」と同じです。

 市長リコールより、先に議会リコールという声も聞かれます。地に落ちた信用を回復するための材料が、山崎議員により提供されました。下江議長の真価が問われます。

<追伸>
 本日、市主催の庁舎説明会が行われ参加しました。まったくおめでたい説明会でした。先の住民投票の説明会(主催:まちづくり集会実行委員会)と同じ間違い(多くの疑問を持つ団体の意見は無視)を繰り返したと思います。市長も進行役の田村君も「市民参加」を繰り返しました。市民参加を否定したから住民投票になったという事実を理解できない人達の主催では、何を望んでも無理と思いましたが、思った通りでした。最後に「この案でお願いしたい」と市長が挨拶を行い終了でした。結局、結論は何も変わらないのですね。市長リコールが起きている現実は、夢の世界と思っているのでしょうか?
posted by 地産池消 at 22:12| 愛知 ☀| Comment(14) | 市議会の出来事 | 更新情報をチェックする

2016年01月14日

穂積市政の何が成果かが問われている

 署名が始まって1週間が過ぎました。おかしなチラシも発行されました。市内の新聞店が対応策を検討したという話も聞こえてきます。山崎議員を中心に作成されたチラシが、「新友会」という組織から既に新聞に3回折り込まれました。通常では、折り込まれない内容です。折り込においても、余りにも偏った内容、事実に基づかない内容では、様々な考え方を持つ読者に責任を持てないため、新聞店の責任に於いて内容を確認しています。

 今回、新友会のチラシの3回目の折り込が問題になりました。「市長リコールの会からのお知らせ②」(今回のブログに添付)に、問題点をしてきしました。新友会の会長が内容を確認しないままのチラシでした。事前に、新聞店に話した内容を大きく逸脱していたようです。このチラシを見た市民から、僕たちにも疑問の声が届いています。

 新聞店でも、市長リコールが泥仕合になる危惧を感じたようで、「お知らせ②」の折り込依頼に行った時、内容に対する心配の声が挙がりました。僕たちは、基本的には、松井新聞店を中心に内容は確認してもらってきましたが、今回もこれまで同様、何回かの調整の上、折り込みチラシを仕上げています。新友会の勝手な判断での作成チラシが、新聞店への信頼を崩しかねない内容だったのです。

 泥仕合になったら、市長リコール運動の目的を失いかねません。だから、穂積市長親衛隊の団体の動きが心配なのです。電話で「署名が回っているので注意して下さい」などの連絡が回っている状況なのです。「署名縦覧があるので、誰が署名したかわかります」と、新友会のチラシは書きました。市民の中にも「名前が知られたら困るから署名できない」と自主規制が生まれています。「市民自治社会」と言っているのは、穂積市長なのに、市民間には「市民自治社会」と相いれない現実が進んでいます。

 不思議じゃないですか。穂積市長自身?それとも取り巻きのみなさん?あたふたしているのは誰ですか?10年も市長を担ってきたのです。市民に誇れる成果があれば、その成果を市民が実感しているはずです。市長リコールなんか、高みの見物で良いはずですよね。しかし、あたふた振りを見ていると、本当に「市長リコール」を心配しているように思えてきます。市長を擁護したい人は、何を守りたいのですか?穂積さんを守りたいのですか?新城市の将来を守りたいのですか?

 新城市の将来を守りたいのなら、誠実に議論して下さい。憶測だけで、市民を惑わそうとしないでください。「穂積落しだ」「市長になりたいからだ」と言い切ることで、市長リコール運動を混乱させようとしていますが、いつの時代の対応なのでしょうか。あまりにも情けないと思いませんか。議論を避けて、その場を逃げ切れば良いと思っているとしか考えられません。結局、穂積市政で変わったことは、穂積市政の問題点が、市民自治を進めたということです。「これまで通りを変える」はずの市長が、「言葉は巧み」だったかもしれませんが、実態は従来通りの市長と大きな違いはなかったということです。

 僕は、今のままではダメだと10年余考えてきました。その考えに間違いは無かったと思います。もう、10年も経ってしまいました。現状を率直に見て下さい。何が成果ですか?市長は4年が勝負です。穂積市長は、既に2期半も市長を担いました。ここまで来て、最後2年が合併特例債頼みの箱物行政では困ります。若者議会、女性議会などの市民との協働を自慢していますが、後2年で何が変わるのですか?「穂積市政の成果は、4期目または次の市長に引き継がれる」と逃げに入るようでは、情けなさ過ぎます。

穂積市長は、選挙の度に支持を失ってきました。初挑戦の熱気は過去のものになりました。市民にも成果が見えなかったのです。穂積市政最後の2年になるかもしれない今、庁舎問題で気づいた穂積市政の問題点を問うているのです。市長リコールという大変な行動に挑戦しているのです。「穂積憎し」だけなら、こんな大変なことに踏み出しません。新城市の将来、次世代のためと思うから、多くの市民が動いているのです。みんな手弁当です。真正面から議論しましょうよ。ごまかして逃げ切ったとしても、新城市のためになりません。2期半の成果と新城市の将来を語ってください。それができないなら、自ら進退を判断してもらいたいものです。


市長リコール新友会抗議チラシ.pdf
posted by 地産池消 at 00:00| 愛知 ☁| Comment(2) | 新城の施策 | 更新情報をチェックする

2016年01月07日

受任者800人余が動き始める

 1/7から市長リコール署名が始まりました。受任者一人一人に署名袋を用意しました。署名に必要な資料が一式入っています。住民投票もそうでしたが、署名にはかなりの慎重さが求められます。

 まずは、市長リコール署名請求代表者から委任された「受任者」にならなければなりません。署名は、「自筆」「署名日時」「氏名」「住所」「生年月日」を正確に記入しなければなりません。人生の中で、この様な署名を経験することは稀ですが、新城市民は短い期間に2回も経験することになりました。署名を取る人も、書く人も様々な意味で覚悟が必要です。

 この覚悟を持った受任者が800人を超えています。穂積市長に不安を感じた多くの市民が受任者になりました。800人余の受任者に署名袋を届けるためだけに、多くの市民が一日動きました。受任者の手元に、署名袋が届いています。

 受任者は、不安と希望が混ざり合う気持ちを持ちながら、今日から一ヶ月多くの市民と対話を続けます。「なぜ市長リコールなのか?」「今だから市長リコールだ」「後2年待てないのか?」「後2年待って変えるなら、なぜ今ではだめなのか?」「市長リコールのためには、対案を示すべきではないか?」等々の声が、市内に沸き上がるでしょう。

 この議論の中で、多くの市民が新城市政の現状を理解することになるでしょう。そうするためには、穂積市長を含めて穂積市長親衛隊が、こちらの指摘に対して、具体的な議論を返して欲しいということです。「民主主義への挑戦だ」「悪口は誰でも言える」「2年前の市長選の遺恨試合だ」「穂積落しの政治運動だ」などの感情的な言葉を並べ立てるだけでは、多くの市民から冷静な議論を失わせることになります。

 穂積市政の問題への僕たちの指摘は具体的です。その一点一点に対して、具体的に成果を示してもらえれば、市民への判断材料となります。穂積市長が新城市長として適格かが判断できるのです。市長リコールの法律的な主旨は、そこにあります。法律は、市長リコールと市長選を明確に分けています。より多くの市民同士が対話する機会を作りたいと思います。

 受任者は、署名期間中であれば、いつでもなれます。よりたくさんの受任者を集めたいと思います。自分も受任者になりたいと考えている人は、添付のチラシの代表者に連絡ください。必要な資料をお持ちします。一か月後、どんな結果が生まれているか楽しみです。


市長リコール運動告知ビラVer1-02.pdf
posted by 地産池消 at 23:11| 愛知 ☀| Comment(0) | 新城の施策 | 更新情報をチェックする