2016年07月20日

市民対象の視察報告会を実施。経済建設委員会定例会(No13)の報告。

 7月19日の定例会から、視察報告のまとめの議論を始めました。これまで、視察報告書を各委員会でまとめ、9月議会の初日に議場で委員会ごとに報告するのみでした。それも、各委員会20分程度の報告時間のため、十分な報告とは言えませんでした。しかも、議場には、議員と市長、部長+αしかいません。議会として、市民対象の視察報告会を行ったことはありません。

 「視察の成果を聞きたい」「視察は慰安旅行?」などの声はいつも聞かれます。議会が視察をより有効にするためには、市民対象の報告会が必要と経済建設委員会で結論を持ちました。報告会は、9月議会終了後、総務消防委員会、厚生文教委員会にも呼びかけ、できれば議会として視察報告会を計画する方向で進めることとしました。

 今回の定例会では、初日の視察先である豊後高田市の「昭和のまち」の取り組みについて、視察内容を中心に、新城市の中心市街地の取り組みについてまで議論を行いました。

 豊後高田市は、構想9年、「昭和のまち」を立ち上げて15年が経ちました。「猫も歩かない商店街」→5年後(前回の視察時)には20万人の観光客→15年後(今回の視察時)の今は、40万人弱の観光客→今後は60万人を目指しています。

 10年前の視察後、①懐かしさだけでは、多くのリピーターを確保することはできない、②地元消費者との協力関係をどの様にひろげ、地元消費拡大するか、③行政のかかわりも、これまではハード事業が多くあったためかかわり方が明確だったが、今の流れを拡大するためには、ハード・ソフト両面の充実が必要であり、行政も縦割りを廃して幅広く行政内部での意見交換、住民と話し合い協力する仕組みが必要、と報告書をまとめていました。

 10年前の視察のまとめは、「昭和30年代初めの建物が8割弱も残っていることから、昭和のまちを構想し、話題性から観光客を呼び込んでいるが、郊外の大型店に逃げた市民を取り戻すことは容易ではない」と感じ、上記3点を今後の不安点とみていました。しかし、それから10年、観光客は倍になっています。

 「後継者が育っていない」「市民の消費が増えているとは言えない」「建物の老朽化が進んでおり、建て替えをどう乗り切るか」「話題性は消えていないが、立ち寄り型観光の傾向が強い(宿泊は別府温泉に流れている)」など、10年前の視察の不安点は解消されていませんでしたが、確実に豊後高田市を訪れる観光客は増加しています。

 市民ボランティアの努力、行政としての中心市街地活性化基本計画による「昭和のまち」の支援など、できる範囲での努力を進めてきました。昭和30年代に、国東(くにさき)半島の要衝のまちとして賑わった歴史を何とか活かそうとする市民・行政の姿がありました。

 市民を巻き込むためには、「昭和の商品(当時の商品)」にこだわりすぎず、市民が買いたいもの、観光客に望まれるものを作りあげるしかないと思います。「昭和のまち」という発信力は大きな宝です。この宝を活用して、一度訪れた観光客をリピーターにするために、市内・周辺観光地との連携は不可欠です。そうするしか、経済循環を取り込むことはできないでしょう。

 「里山資本主義」の著者、藻谷浩介氏も視察用のビデオに登場し、「ホップ・ステップ・ジャンプのホップが今、これからがステップに移る。若者・女性の雇用を増やし、市内にお金を落としてもらうことが課題」と話していました。 豊後高田市は、中心市街地活性化基本計画を握って離さず、40万人弱の観光客を呼び込むことに成功しましたが、同じ時期に取り組んだ新城市は、中心市街地活性化基本計画をお蔵入り状態にしたために、観光客どころか、市民を呼び込むことも出来ていません。

 「月1回の軽トラ市に、何千人もの人が中心市街地に集っているではないか」との声が聞こえそうですが、現実問題として、中心市街地の商店街に賑わいは戻っていません。なぜでしょうか?軽トラ市の目的が曖昧になっているのではないでしょうか。月1回のイベントだけでは、中心市街地に人は戻ってこないことを示しています。軽トラ市は、中心市街地活性化の一つの切口であり、目的(中心市街地活性化)達成のためには、様々な取り組みをつなげることが必要なのです。

 新城市の計画には、誰が、いつまでに、何をやるのかが明確に示されていません。合併後、10年間で何も対策がうたれていません。今のままでは、中心市街地が静かに息を引き取るのを待つだけになるでしょう。

 中心市街地と言われてきた新城駅周辺は、新城城下町でした。新城市の観光ガイドブックで宣伝している武将観光の要の地域でもあります。武将観光を起承転結(「起=野田城攻め」「承=長篠の戦い」「転=設楽原の決戦」「結=新しい城『新城』」)で物語にしています。その物語の地が、活性化しなければ、武将観光にも影響を与えます。

 これまで、議会答弁でも「歴史を活かしたまちづくり」を強調してきました。豊後高田市が、自らの知恵と努力で、まちづくりの歯車を回し始めています。新城市の様に、全国に発信できる歴史的資源がないのに、頑張っているのです。豊後高田市では、たまたま、開発にさらされず、残ってしまった資源(昭和30年代初めの商店)を思い切って活かしたのです。

 新城でも、あれやこれやと考えず、「武将観光」に絞ることが必要だと考えています。武将観光に関係する資源は、市内各所に散らばっています。まずは、起承転結の地を最優先に、磨くことから始めること。
中心市街地のあり方は、観光客の滞在時間を延ばす可能性を秘めています。「無理だ」とあきらめず、できることから始めましょう。

 思い切った政策が必要です、例えば、①新庁舎は新城東校舎を活用、新庁舎建設場所には、新城城下町を巡る拠点施設を建設する、②中心市街にあるお寺との連携を進め、お寺巡りコースを作る、③昔、中心市街地を流れていた水路の復活、④新城駅を戦国時代の雰囲気を漂わせる駅舎の改修、⑤新城までの電車を観光「戦国電車」に改修(九州各地の観光電車を参考に)等などを計画したらどうでしょうか。

 定例会でも、以上の僕の意見も提案しながら、議論を行いました。意見の一致をみているわけではありませんが、お互いの意見を交わしあいました。豊後高田市の取り組みを分析し、新城市での取り組みを提案していく方向で視察報告をまとめることが確認されました。柴田議員が、今回の議論を踏まえて、視察報告(叩き台)をまとめます。
 
posted by 地産池消 at 22:15| 愛知 ☁| Comment(2) | 経済建設委員会定例会 | 更新情報をチェックする

2016年07月18日

議会報告会で示されたことにどう対処するのか?

 本年度の議会報告会が終了しました。僕が参加した報告会での、参加者の意見を後半に羅列してみました。何年も前から問題となっている課題も、改めて語られました。合併から新城市は何を進めてきたのでしょうか?うき彫りになっているのは、過疎地域の生き残り策です。合併自体が、生き残りのために無理やり(議論も不十分なまま)進められました。現在においても、新城・鳳来・作手という枠組みが消えていないことが、合併の矛盾を示しています。

 穂積市政の問題点が明らかになっているのですが、議会の多数派にはその問題点が見えていないようです。鳴り物入りで始まった「地域自治区」も、地域に頑張れといっているだけでは、地域の負担が増えるだけです。新城市の政策の太い幹が必要なのです。地域自治区でできるのは、太い幹から出ていく枝の役割だと考えています。

 太い幹を市民に示す責任は、二元代表制を支えあう市長と議会なのです。太い幹となる政策の議論が合併後、真剣に交わされていません。「雇用の場が欲しい」という当たり前の声を、政策にしてきませんでした。観光といいながら、例年通りのイベントが続いています。観光は裾野の広い産業だということは、多くの市民の共通認識となっていますが、誰が、何を、どの様に進めるかということがはっきりしていません。

 太い幹を示さないまま、地域自治区、若者議会、女性議会、中学生議会などを自慢してきましたが、政策の重点を間違えてきたと思います。成功事例として「新城ラリー」と浮かれていますが、どれだけの経済効果が生まれているのでしょうか?「新城ラリー」にかける労力をどの様に経済循環を起こす力にするかの知恵がみえないのです。危機感を持った自治体が、先進事例を生んできましたが、それらの自治体に学ばないまま10年間を過ごしてきた市長、議会の責任は重いと思います。また、市民への危機意識の醸成を怠った責任も併せて重いものです。

 小学校・こども園の統廃合は現実に進んでいます。集落の消滅の可能性も高まっています。雇用は外部頼みです。今のままで、新城市の将来に光が見えますか?新城市の10年後、20年後に責任を持つ市民が、今必要です。「自分のまちに責任を持つ」、大変なことですが、今が頑張り時です。誰かがやってくれるのではなく、自分がやるという気持ちで、足りない知恵を絞って自分たちなりの努力をしています。一緒に頑張ってくれる市民を待っています。

<鳳来南部地区/山吉田ふれあいセンター> 参加者18名(内、市職員3名)
「つげの活性化ビレッジのイベント予算は?」「車椅子は乗れるのか?高速バスのチケットはどこで買うの?無料期間が終わったけど、現状は?」「浜松ではかなり井伊直虎で盛り上がっている。新城市では、関係する柿本城の整備が今になってもはっきりしていない。なぜ?」「デマンド交通の検討は?」「10年前、市長と議会に木質バイオマス利用にやる気がないと言われていたが、今は?」「現状でも多くの空家がある。地域では人間関係からむつかしい面がある。行政からの後押しはできないか?」

<千郷地区/西部公民館> 参加者41名(内、市職員9名)
「政倫審結論がなぜ6ヵ月もかかるの?」「議会で給料アップが議決されたけど、新城市の職員・議員の給与、市民の年収の実態は?」「最近の橋向の大火事で、水が出ないという問題が地域の話題になっているが?」「高速バスの乗車状況を確認しているが、ほとんど乗っていない。この状況は想像できたはずだ。議会はなぜ認めたのか?」「整形の医師がいなくて困った。市民病院のことを真剣に考えて欲しい」「経済建設委員会は定例会議を行っているようだが、他の委員会は?」「東三河広域連合の現状がわからない」

<鳳来中部地区/開発センター> 参加14名(内、市職員6名)
 「地域自治区だけでは自治力を高めることは難しい。地域自治区の継続は大丈夫か?」「交通の足など、周辺部の方たちの対策を考えてほしい。住みやすいまちになる政策を打ってほしい」「長篠城跡の本丸南に飯田線のために本丸と寸断されてしまった野牛曲輪があるが、今後どうするつもりか?鳶が巣山などを含めて、新城市の長篠城の活かし方がみえない」


<鳳来北西部地区/海老構造改善センター> 参加18名(内、市職員5名)
 「先進事例などの報告があった。また、木質バイオマス事業、集落の維持、地域活性化など様々な本が出ているが、進んでいる地域は新城市より所得が低いところが多い。単純に新城市と比較できないのでは?」「空家対策の具体的な取り組みは?」「山があると言っても、雇用は少ない。根本的には雇用の場が少ない。小学校は統合、こども園もなくなる。地域に帰ってくれば、いくつものお役が回ってくる。悪循環で人が出て行ってしまう」「行政は、区を大きくしようとしているのか?議会として、区の統合で経費削減を求めてもいいのではないか?」「鳳来西小が廃校になったが、維持管理は続けていくしかない。教育委員会の職員が、年2回は草刈りなどを行うが、それだけでは足りない。地域でも協力しないわけにはいかないと思うが、当初から予算づけができないか?」「地元に雇用を生む企業が来てほしい」「新東名開通で日本海側に抜けるトラックが増えているので、危ない。少しでも早くバイパス完成を目指してほしい」「道路沿いの木が伸びて見通しが悪い。何とか間伐ができないか?」「集落のほとんどが80歳以上。草刈りもできない人がいるので、自分が数軒分の草刈りをしている。限界集落をどのように考えているか?」
posted by 地産池消 at 10:50| 愛知 ☀| Comment(2) | 市議会の出来事 | 更新情報をチェックする

2016年07月13日

良いね!議会報告会。議会の実態がよくわかります!

 議会報告会が7月11日から始まっています。僕の担当は、7月11日は鳳来南部地区の山吉田ふれあいセンター、7月12日が、千郷地区の西部公民館でした。

 まともな議論もせず出向いていますので、市民の素朴な質問にも的確に答えられません。「政倫審結論がなぜ6か月もかかるの?」「高速バスのチケットはどこで買うの?」「無料期間が終わったけど、現状は?」「なぜ、柿本城の整備が今になってもはっきりしていないの?」「議会で給料アップが議決されたけど、新城市の職員・議員の給与、市民の年収の実態は?」「デマンド交通の検討は?」「最近の橋向の大火事で、水が出ないという問題が地域の話題になっているが?」「市民病院の医師不足はどうなるのか?」等々。

 議会は、問題山積の市政に対して、十分な検討も行っていません。市長提案を、口を開けて待っているだけ状態です。何が問題で、どうすれば解決できるかの検討を議会が行っていません。最後は、「検討します」。お役所が嫌われる言葉です。

 「高速バスの乗車状況を確認しているが、ほとんど乗っていない。この状況は想像できたはずだ。議会はなぜ良しとしたのか?」と質問され、「4年間の実証運行なので今後の状況を見守る。必要に応じて行政に要望していく」(打桐議員)と答えるだけで、事業を承認した論拠は示せません。議会の議決のいい加減さが現れる事業が、高速バスでした。

 「整形の医師がいなくて困った。市民病院のことを真剣に考えて欲しい。」と言われ、「議会も行政とともに県庁に出向いている。市長は、浜松医大にも行っている」(山崎議員)と、自分たちはやることはやっているかのような弁明。お願いに行くだけで議会責任が果たせたと言えるわけがありません。医師不足は全国的問題で、お願いするだけで解決できるほど簡単な問題ではないのです。「経済建設委員会は定例会議を行っているようだが、他の委員会は?」との問いに、「厚生文教委員会は不定期に、必要に応じて開催している」(山崎議員)と答えましたが、必要な議論は山積みです。不定期な委員会で対応できるほど、新城市は呑気な状況ではないのです。

 「個人的な意見は控えろ」との訳の分からない議会のお約束で、言いたいことを我慢しましたが、あまりにも無責任な答えがストレスでした。僕が発言すれば、議会の問題点の指摘になります。議会内での議論は、結論ありきの議論で、民主主義的討論など関係ない世界です。聞かれて困る議員をみていると、情けなくなります。「議会はこう考える」と自信を持って答えられる当たり前の議員活動が、市民に求められているだけなのですが。

 参加者の最大の関心事(西部公民館での特徴)は、やっぱり政治倫理審査会報告でした。参加者からの疑問は、僕の主張と同様でした(僕の主張は7月9日のブログをご覧頂くことができます)。「本気でやる気があるのか」「いつまでにやるのか」とまで言われましたが、「真剣にやっている」(丸山議員)と答えるだけでは、参加者はすっきりしません。

 議長が「政治倫理審査会設置申請が乱発されている現状は問題。条例自体の検証、倫理審査会が議員だけで構成されることも検討している」などと、責任逃れの発言もありました。悪いのは、条例の仕組みだと言いたいようですが、最大の問題は、「条例通りやらない議会・議員」なのです。長田議員の政倫審の結論を理解できれば、今回のような政倫審設置請求の乱発はあり得ません。政治倫理条例を理解できれば、山崎議員の言いたい放題もあり得ません。現時点で、条例の検証など必要ありません。

 西部公民館の最後から二番目の発言は、「初めて議会報告会に参加した。議員が信頼されていないことがよくわかった」とのことでしたが、この言葉の重みを議会が理解できなければ、任期残り1年半は、何も変化は起こせないでしょう。別の市民からも「市民のことを真剣に考えて欲しい」と言われました。議会のいい加減さを、議会報告会があぶり出しています。市民に本気で、市政参加を進めてもらうためには、議会の本気さが前提です。議会改革は簡単なのです。議員自身が市民目線で考えればいいだけです。
posted by 地産池消 at 08:48| 愛知 ☁| Comment(0) | 市議会の出来事 | 更新情報をチェックする

2016年07月09日

原点を曖昧にする議員たち

 7月8日、全員協議会が開催され、議会報告会の運営内容が確認されました。前回の全員協議会で問題になっていたのは、政治倫理審査会の審査結果の報告内容です。

 僕が問題にしたのは、山崎議員の政治倫理条例違反についてです。審査結果には、「対象議員(山崎議員)の協力が得られず、審査請求対象議員の執筆であることは確認できなかった」と報告されています。このブログでも何回も指摘しましたが、政治倫理条例第2条3項には「議員は、次条に規定する政治倫理基準に違反する事実があるとの疑惑を招かれ、政治的又は道義的な批判を受けたときは、自ら誠実な態度を持って当該疑惑を解明するように努めなければならない」と明文化されています。

 条文から判断すれば、「対象議員が協力しなかった」=「自ら疑惑を解明する努力を怠った」となり、政治倫理条例違反となります。この程度の判断は、普通の市民でも簡単に判断できるはずです。しかも、山崎議員は、自らのブログで「これで無罪放免(逃げ切ったということでしょうか)」と言い切っているのです。これでは、政治倫理条例が骨抜きになってしまいます。

 僕がこだわるのは、山崎議員の対応をうやむやにすれば、議会改革を掲げ、4年余の歳月をかけて条例化した「議会基本条例」「議員政治倫理条例」が空文化してしまうからです。新城市議会が守るべき条例を曖昧にして、「市民自治社会」をめざすとは言えなくなってしまいます。基本原則を守る意思さえあれば、議論などしなくても、結論は明らかなのです。

 しかし、議会報告会を目前にしても、基本原則に立つ議員が少数となっています。「そうは言っても、この程度で良いじゃないか」で、議会が認めてしまえば、市民は議会の何を信頼すれば良いのでしょうか。議会は、村の寄り合いではないのです。この新城市の将来を担う、最高の議決機関なのです。だから、議員政治倫理条例で、議員の政治倫理意識を求めたのです。

 僕の主張は、「山崎議員憎し」ではないのです。条例通りに、議員に厳しく政治倫理を求めているだけです。こんな単純明解な事でさえ、何時間かけても結論が持てないのです。僕の主張がおかしいのであれば、議論をすればいいだけです。議論を終わらせたい発言があっても、正面から僕の主張(政治倫理条例違反)に異を唱える議員はいません。議員の覚悟が見えません。これでは、まともに市政監視も期待できないでしょう。現実、多くの市民が「議会は役に立たない」と言っているではありませんか。

 なぜ、議員は「良い子」になってしまうのでしょうか。なぜ、真剣な議論ができないのでしょうか。なぜ、自ら血を流す改革ができないのでしょうか。なぜ、なぜ……。議員がこれでは、新城市政に緊張感が生まれるはずがありません。新城市に危機感が生まれるはずもありません。

 この状態で、7月11日から議会報告会に出かけます。参加者から「政治倫理審査会に協力しなくても、議員は許されるのか」と聞かれた時、どう答えるのでしょうか。議員に甘い議会に呆れることはあっても、信頼されないことは容易に想像されます。その時、僕は、「ご愁傷さま」と一人思うしかないのでしょうか。新城市議会は、マンガ(現実には考えられないあほらしさ)状態です。普通の市民感覚を投げ捨てています。税金を払うのに苦労されている市民から、「いい加減にしとけ」と怒号が飛んできそうです。

 住民投票も市長リコールも「喉元過ぎれば熱さを忘れる」状態です。「鉄は熱いうちに打て」と言いますが、議会としての総括はいつも曖昧です。「熱いうちに打たない」議会の習性が、自らを鈍ら(なまくら)の「鋼」にしています。ここまで言うしかない状況が悲しい。「偉そうなことばかり言うな」と議論を挑む議員を期待しているのですが。
posted by 地産池消 at 23:36| 愛知 ☁| Comment(8) | 市議会の出来事 | 更新情報をチェックする

2016年07月07日

委員会視察から帰ってきました

 平成28年度の経済建設委員会の視察に行ってきました。

 7月4日に大分県豊後高田市「昭和のまちによる観光振興」、7月5日に福岡県みやま市「全国初の自治体による売電会社設立」、7月6日に福岡県福岡市「中小企業サポートセンターによる中小零細業者の支援施策」を視察しました。

 福岡市視察後、柴田議員と白井の2名で、委員会視察から政務調査費による視察に切り替え、徳島県三好市に「古民家改修による観光振興」の視察に向かいました。7月7日に現地で担当者から説明を受けました。

 詳細は、後日報告しますが、今回は、印象に残った点を報告します。

 「昭和のまち」は、構想を描いて9年、実際に「昭和のまち」を立ち上げて15年経ちました。10年前に視察に行ったときは観光客20万人、今は40万人弱。「猫も歩かない商店街」に20万人の観光客が訪問するとの情報で、10年前に視察に出かけました。その時の印象は「昭和のまちのインパクトの継続の難しさ。どの様に維持・発展させるのか」というものでしたが、その後10年間の市民・行政の努力でほぼ2倍の観光客にしています。「なぜ?観光客は増えたのか」との回答を求めての視察でした。一番の要は、「商店街を何とかしたい」との強い思いを行政・市民が持ち続けていたことでした。

 みやま市の「全国初の自治体による売電会社設立」は、豊後高田市のように「このまちを何とかしたい」という思いでした。「人口減少が止まらない。魅力発信できる政策は何か」と考え続け、日照時間が全国的にみても多いという調査結果から、自然エネルギーによるまちづくりを優先政策とし、売れ残っていた工業団地造成地に大規模太陽光発電所を市内の業者の出資で建設しました。このことが、売電会社設立に舵を切るきっかけになったようです。みやま市でも、決断のタイミングがあったのです。「市長の決断と議会の理解」が、職員の覚悟を広げることになり、みやま市を全国発信しています。

 福岡市は人口約150万人の政令指定都市ですが、本社が少なく、中小企業の割合が高いまちです。一人事業者までを視野に入れての様々な対策を行っています。中小企業支援のために中小企業サポートセンターを設置し、一人事業者を含めて訪問対応など、細かな支援は実施していました。「頑張れ」だけでなく、「頑張れる情報提供」を行う組織体制は新城市でも見習うべき点でした。

 三好市は、平家の落人伝説の地、東祖谷地区の落合集落の古民家改修による観光客誘致を視察してきました。これまで5年をかけ、8軒の古民家を改修し、平成27年度は約2400人の宿泊客を呼び込んでいます。「古い物の中に新しいモノを取り入れる。それが伝統を守る道である」という考え方(アレックス・カーのプロデュース)を基本に改修を行った成果が出ています。朽ちかけた古民家が、消滅の危機に瀕していた集落に光を当てています。


豊後高田市の「昭和のまち」の拠点施設
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みやま市の売電会社仮社屋
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三好市の古民家宿泊施設です。朽ちかけた古民家が生き返りました。
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posted by 地産池消 at 23:10| 愛知 ☁| Comment(0) | 経済建設委員会定例会 | 更新情報をチェックする

2016年07月03日

大山鳴動して鼠一匹

 「大山鳴動して鼠一匹」の意味は、「事前の騒ぎばかりが大きくて、実際の結果が小さいこと」です。議員に戻って、早2年7カ月。色々なことがありましたが、大騒ぎの割には結果が小さかったことが多かったように思います。今回の山崎議員の行動も、議員活動の原則から考えれば、大きな逸脱ですが、議会としての教訓になるのか心配です。結局は、「大山鳴動して鼠一匹」で終わるような感じです。

 2年7ヶ月を振り返っても、同じようなことが続いています。多大な時間と労力をかけても、新しい一歩になっていません。うやむやなまま幕が引かれてきました。何でそうなるのか?結局、議会、市長に危機感が足りないことが一番の原因と考えています。原理・原則を曖昧に、しかも将来展望を語ることがありません。

 議会に戻って最初に問題になったのは、長田議員の一般質問における不穏当発言(穴の開いたコンドーム発言)。全国放送になるほど大きな問題になりました。新城市議会の初めての政倫審設置となり、さらなる議会改革を各議員に求めましたが、今回の山崎議員の行動から見れば、教訓は何も活かされませんでした。

 議会は、会派制を廃止し委員会中心の活動に切り替えていますので、委員会内での議論を重視する方向で動いていたと思っていました。そのため、一般質問についても、委員会内でお互いに明らかにして、より良いものに高めようとしていましたが、浅尾議員が「議員の発言への介入だ」と誤解し、ブログ発信することがありました。

 その後、長田問題に端を発した「議員のブログ発信の規制」問題が続き、マスコミを大きく賑わさせました。浅尾議員の発信に反応した中日新聞記者の思い込みが、議会としての「発信規制が事実だ」との方向にマスコミ全体を動かしました。その後の動きを見れば、「発信規制」が存在していなかったことは明らかでした。

 浅尾議員に対しては、議会運営委員会で調査し、「議員への発言規制」が誤解であったことを明らかにしましたが、本人はその非を認めることがないまま、長田問題をブログ発信しました。議会は「長田問題を隠ぺいしていたのではなく、通常の対応を行い、長田議員自身が謝罪し、発言の取り消し手続きを取っていたのです」が、浅尾議員がその事実を知らないままブログ発信したことで、大きな誤解をマスコミに広げました。

 長田問題に於ける「議員のブログ発信の規制」の時には、同じことを起こさないために、「各議員に、発信前には事実関係を十分確認する(当然、議会に承認を受けるのではなく、議員として責任を持って確認)」ことを求め、議会運営委員会では、一般質問終了後、問題発言の有無を確認することとしています。この時の教訓が活かされず、今回の山崎議員の言動につながっています。

 以上のように、議会として大きな痛手を受けてきたのに、十分な検証がないままお茶を濁してきたことで、同じ間違いを繰り返しています。議会が大きく変わるチャンスがありながら、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ことを繰り返しています。

 もっと大きな議会改革のチャンスが新庁舎見直しの住民投票でした。見直しを求めた議員は3名、見直しに反対した議員は15名。住民投票の結果は、見直し賛成が多数となり、見直しが実現しました。民意と議会の判断が大きく違っていたのです。

 ここで、議会がやらなければならなかったことは、「なぜ、議会は、民意を汲み取れなかったのか?」という検証だったのです。いくら求めても、検証をしないまま市長に全判断を任せてしまいました。結局、市長の見直し案は、見直しを求めた多くの市民の率直な思いを聞くこともなく、まちづくり集会では、「住民投票の結果を反映している」との結論を無理やり出させ、「この見直しが最後」としました。

 住民投票の結果が十分検証されていれば、市民の声の活かし方が大きく変わっていたはずです。「見直ししたから良いじゃないか」と結果だけを押しつけるのではなく、「3階建でもできる」と多くの市民が思っていたのですから、「3階建で検討する」努力が必要だったのです。市長も議会も、住民投票という大きな山が鳴動したのに、「市民の声を聞くとはどういうことなのか」という検証ができていないため、「市民自治の前進」という大きな結果に結び付きませんでした。

 それでも、何とかしたいと考えた市民が、市長リコールに動きました。「諦めた」という市民がいる中、「なぜ、市民の声が届かないのか?」と考えた市民は、穂積市政そのものに問題があると判断し、合併後10年を経過しても「人口減に歯止めがかからない」市政刷新を求めて、市長リコールを決断しました。

 ここで登場したのが、山崎議員を先頭に、反市長リコール運動に立ち上がった「新城同志会」のメンバーでした。反市長リコール運動の宣伝の柱が、山崎議員が政倫審の審査対象となったチラシでした。住民投票の時に発行された見直しに反対するチラシは、「なぜ、見直しに反対するのか」という論点が曖昧で、多くの市民に共感を得ることができませんでした。

 市長リコールに反対するチラシも、反対する論点が曖昧でした。さらに、不正確な情報が多く、市長リコール運動を、「政治運動」と決めつけ、議論ではなく市民への圧力で、運動を抑え込もうとしました。新城市も議会も目指している「市民自治社会」とは異質な運動が繰り広げられました。政倫審設置が求められた原因の検証が必要です。またも、あいまいにしてしまえば、議会が大きく変わるチャンスを逃がしてしまいます。僕は、議会改革への危機感を感じていますが、他の議員はどうでしょうか?

 もう一つ心配な動きがありました。産廃進出反対運動です。市民が声を挙げることは当然の権利ですから否定しません。しかし、「市民自治社会」からの逸脱はいただけません。市民運動と言っても、民主主義が原則でなければなりません。「嫌なものは嫌」は、民主主義の吐き違いとみてきました。このことは、何回も指摘し、その都度批判され、「白井議員をリコールすべき」とまで言われました。

 しかし、原理・原則を曖昧にした時、議員活動も曖昧になります。市長、議会に厳しく対応してきましたので、市民に対しても同じ視点で考えてきました。政治には、公平・公正が大前提です。「嫌だから」「昔、法違反を犯しているから」などの感情を越えて、事実に基づいて調査し判断しなければなりません。

 産廃進出反対運動は、どうだったでしょうか?「タナカ興業の工場の臭いが嫌」「タナカ興業と話すことは、操業を認めることだから話し合いはしない」「市内の他の企業、飲食店、農地などからの臭いはタナカ興業の臭いとは別」「タナカ興業の工場の臭い監視は24時間が必要」など、他の事業者と比べて明らかに不公平な対応を求めてきました。

 もし、進出反対運動を進める人たちが、今のままで市政を担った時、同じことが言えるのでしょうか?一つの私企業だけを捉えて、しかも法違反を犯していない状態で、進出反対と言えないと思います。「私が県議になったら、操業を阻止できる」かのように、山本君は主張していましたが、その実現は限りなくゼロに近いと言えます。政治の全てが、法に基づいて進められている以上、法からの逸脱が無い限り、ただ反対は通用しません。

 民主主義は話し合いが前提になければなりません。初めから話し合いを拒否した産廃進出反対運動に、少なくない市民が関わったことが心配でした。僕は、かなりの批判も受けましたが、議員が言うべきこと封印してしまえば、「真の市民自治社会」を担うべき議員の自殺行為にもつながると考えています。

 産廃反対運動に市長、議会はどの様な態度を取ったかも問題でした。対応の仕方に依れば、市民自治意識を醸成することもできたと思います。問題となった下水汚泥は、日常生活から出てくるものです。子どもたちは、下水処理施設に見学に出かけ、下水処理施設の果たしている役割を勉強しています。進出反対の方達は、下水汚泥が危険な物と反対していましたが、子どもたちの勉強とは矛盾しないのでしょうか。

 現在の豊かな生活の裏には、地球にダメージを与えている負の部分があります。産廃問題は、何回も主張してきましたが、循環型社会の一断面なのです。この点を、市民と話し合う絶好の機会でしたが、僕以外、市長も議会も矢面に立つことがありませんでした。市長、議会のこの程度の覚悟が心配なのです。

 何かにつけて、市長、議会の覚悟を問題にしてきましたが、市民側の聞く耳を持たないかのような対応にも問題を感じています。なぜ、話し合いができないのか。山本君は、一方的にブログ発信するだけで、市長、議会に本気で話し合いをすることはありませんでした。僕が、公の場での討論会を求めても応じることもなく、相変わらず好き放題のブログ発信が続けられています。話し合いで、法以上の臭い指数を決めることができたかもしれない「環境保全協定」は、地元の意向を受け今も結ばれていません。結局、法律の規制である、臭気指数=18(操業前10)を越えない限り、タナカ興業には指導もできません。

 「臭いが出た」と言い続けても、法違反が無い限り、打つ手はありません。タナカ興業は、法違反を犯さない限り、操業は認められます。このことは、タナカ興業に限らずどの企業も同じですが。結局、進出反対運動で、何を得たのでしょうか。民主主義は、徹底した話し合いです。話し合いを放棄した時点で、民主主義を自ら手放すことになると思います。

 豊かな社会と言われていても、覚悟がない限り、いつまでも幸せな世界は続きません。豊かさを享受していたはずなのに、今は地球温暖化で生存自体の危機、貧困の連鎖も表面化してきました。新城市も、少子高齢化の荒波にもまれています。市民が危機感を持たなければ、新城丸は漂流してしまいます。

 市民に危機意識をもってもらうためには、市長、議会の危機意識が大前提です。市長に危機感がないのであれば、議会が変わらなければ、新城市の将来に希望が見えませんが、議会に危機意識があるとは、どの角度から見ても言えません。新城市は、危機的状況が目の前に迫っています。5年、10年後どうなっているのでしょうか?

 地方交付税は、今後5年間で10億円が減る、このまま人口減少に歯止めがかからなければ、3万人を下回る、少子高齢化の進展で公共施設の維持管理さえ困難になる、耕作放棄地の増加が止まらない、「長篠設楽原の戦いの地」という観光地がありながら、後継者不足で、今後の維持管理が問題、地元商店街の消滅の危機、日本経済の減速傾向で、若者の雇用が増えない、山が放置され、山崩れなどの危険の増大、等々大きな不安を抱えながら、その解決の方向が見えていません。

 今のままでは、ほそぼそと高齢者が地域を守る自治体になる可能性が高いと言えます。「どんなまちを目指すのか」という大きな目標を、より具体化する必要があります。そうしなければ、市民が誇りを持って、住み続けることはできません。当然、若者が希望を感じるまちになるはずがありません。

 目指すまち実現の道筋が見えないことが、新城市の危機だと思います。誰が、いつ、どの様に進めて行くのか、わかりません。二元代表制を支える市長、議会が頑張るしかありません。「市民自治」と言っても、最大の責任は、市長、議会にあるに決まっています。

 その市長、議会がしゃんとしません。2年7ヶ月、色々なことがありました。変わるチャンスがありながら、ことごとく曖昧にしてきました。市民が覚悟をしても、その覚悟を受け止めず、大きな結果(新庁舎の見直しを実現したことは評価しています)が出ていません。「地方創生」と国も地方もはしゃいでいますが、「創生」というほど、大胆な政策が見えていません。

 新城—名古屋間の高速バスをやるな、と言っているわけではありません。高速バスを走らせる前に、新城市内の魅力づくりを優先させるべきと言いたいのです。観光政策とか、農林業政策とか、中心市街地活性化とか、優先すべき課題は明らかです。交付金ですぐ実行できるような政策(想い付き政策と言うべきでしょうか)では、新城市は変わりません。

 市長と議会が本気で議論できない現状を変える道は、結局、次の市長選、市議選でしょうか。「なりたい人」より「なって欲しい人」を選ぶ選挙にしたいものです。10年前には、あれだけ「新城を変える」と力説した穂積市長も、現状を見れば力不足は明らかです。今の議員は、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」議員集団です。「何のために議員になったかわからない」議員が一杯。一般質問を見れば、議員の覚悟はすぐわかります。

 議員としてやりたいことがはっきりしていれば、一般質問に力が入ります。言ってみただけの質問では時間の無駄遣い。それをわかっていながら放置する穂積市長の対応も問題。問題がありながら、解決できないもどかしさ。そんなもどかしさから、僕は、6年余前には市長選に出ました。この新城市を変える一番の近道は、「やって欲しい市長」を登場させることと、思い続けています。僕の考えに共感できる市民の協力が是非欲しいのですが。
posted by 地産池消 at 17:11| 愛知 ☁| Comment(2) | まちづくり | 更新情報をチェックする