2016年12月24日

お上任せの意識。現政権、危うい「空気感」。

 12/22の中日新聞の記事の見出しが、上の見出しです。日本全体が、「事実や論理よりも印象や勢いが場を支配する、戦時中のような『空気感』が強まっていないか」という警鐘の記事でした。

 記事では、「法律の制定を根拠づける立法事実も、納得できる道理も乏しいとの指摘もある法案の採決が次々と強行された」と書き、代表例をTPP(トランプ大統領就任で離脱が明言され、発効の見通しがないのに採決)、カジノ法案(依存症の害を認めつつ合法化に向かう。カジノ推進派のパチンコ企業が、法案提出議員のパーティー券を大量購入)、年金制度改革関連法案(支給額の見通し不明)を上げています。

 「この現象の原因は?」を「政府の言葉の言い換え(最近のオスプレイの事故は、『墜落』ではなく『不時着』と言い換え。国民に不信を与えないような言葉の言い換え)」、「明治以来のお上に任せるしかないという根強い意識」(高橋哲哉東京大学教授)と「日本には抵抗の文化がない」(ノーベル文学賞作家のアレクシエービッチ氏)という点を挙げています。

 記事は、高橋教授の「空気は変えられないとあきらめてはならない。朴槿恵大統領を弾劾に追い込んだ韓国市民のように、いずれ必ず変えられる。一人一人が声を上げ続けなくては」で締められていました。

 記事を読みながら、新城市と重ね合わせてしまいました。穂積市政は、既に3期12年を1年残すのみになりましたが、新城市に希望を灯すことができていません。新東名開通などの外頼みの経済に期待するだけで、自前の経済政策が見当たりません。「観光は?」「農業は?」「林業は?」など、新城市をどこに引っ張っていこうとしているか未だにわかりません。危うい「空気感」が新城市政を覆っていると感じています。

 穂積市長が、一生懸命叫んできた「若者議会」「女性議会」「地域自治区」にお任せ(必要なしの政策とは思いませんが、若者、女性、地域の活かし方がみえません)では、新城市に希望が灯されるのはいつのことになるでしょうか。議会の体たらくは、今更書く必要もありません。この状態であるにも関わらず、新城市民の怒りはどこにあるのでしょうか。高橋教授の言葉のように「一人一人が声を上げ続けなくては」でないと何も変わりません。

 穂積市長の成果は何なのか、自分の頭で考えて欲しいと思います。地方創生で出てきた政策が「新東名バス」?NHK大河ドラマで「井伊直虎」が取り上げられたから、新城市は「井伊直虎ゆかりの地」、これまで行政として何もやってこないのに、急ごしらえでは?どれもこれもと言いませんが、目新しい「自治」には飛びついても、この新城市をどうするかの政策が出てきません。穂積市長の政策は、新城市でなくても通用するものです。この新城市をどうするかの努力がどこのあるのかわかりません。

 議員の実態も明らかになっています。議員としてふさわしくない議員は、市民自らの意思で次には選ばないことです。議員は、区長ではありません。「市民のために働く」意思を持っている議員を、一回一回の選挙で選別するしかありません。「地区のためにだけに頑張ります」という議員候補者には、「あなたに議員は無理」という判断をしなければなりません。

 「お上まかせ」で上手くいくはずはありません。市民の厳しい目があれば、市長も議会もしゃんとするはずです。たかだか5万人弱の人口です。市長にも議員にもいつでも会える小さなまちです。黙ってしまえば、それで変わらないでしょう。おかしいと思っている人が、若しくはおかしいと思ってきた人が、あきらめず声を上げて欲しいと切に思っています。何もしなければ、少子高齢化の荒波に飲み込まれます。
 
posted by 地産池消 at 09:12| 愛知 ☀| Comment(2) | 新城の施策 | 更新情報をチェックする

2016年12月19日

原理・原則を外した新城市議会の末路

 何でも原理・原則が大事です。原理・原則がしっかり出来上がっていなければ、次のステップに上がっていけません。一流スポーツ選手になればなるほど、原則・基本を大事にしています。

 今の新城市議会に、原理・原則を投げ捨てる議員がうごめいています。まさに、浅尾議員への懲罰動議経過、打桐議員への政治倫理審査会報告を巡る動き(打桐議員の弁明と柴田議員の反対討論)を比較すると、どうしようもない議会の実態が見えてきます。二つの経過を比較してみます。

 <浅尾議員への懲罰動議経過>
 本会議途中に、いきなり「休憩動議」が議会運営副委員長の小野田議員より出され、賛成多数(何のための休憩かもわからないまま、なぜ賛成できるのか?)により成立、休憩に入る。
→議会運営委員会委員以外(一部の議員には申し合わせがあったかもしれない?)は経過を知らされず。
→議会運営委員会が開催される。
→本会議再開前に浅尾議員への動議内容が知らされる。
→本会議再開。
→浅尾議員が「打桐議員を地方自治法の議員の兼職禁止違反と断定」「打桐議員の兼職禁止違反と関係ない妻が経営する会社への著しい侮辱、名誉侵害」を重大な事態と判断した議会運営委員会が、浅尾議員へ忠告もなしのままいきなり懲罰動議。
→懲罰動議は、議会運営員会の5名により、提出される。
→提出者より、提出理由が説明され、続いて質疑応答に入る。
→質疑応答の中心は「なぜ、いきなりの懲罰動議なのか?」。
→「浅尾議員には何も確認しないまま、浅尾議員には議事録を確認させないまま」のいきなりの懲罰動議は、議会の通常のやり方(通常は、議事録確認の上、本人に指摘)を大きく変えるもの、議会運営委員会の横暴であると指摘。
→「手続き上問題ない」を繰り返し、質疑には真摯に答えず。
→浅尾議員から弁明。浅尾議員本人は、問題発言箇所については確認(議事録は、議会運営委員会でしか確認していない)ができないまま、いきなりの弁明。そのため、浅尾議員は「自分の発言の問題を理解できず、自分の発言の正当性」を主張。
→質疑を打ち切り、「懲罰動議」を賛成多数で可決。反対は、菊池・加藤・鈴木達雄議員と僕の4人。懲罰委員会の設置が決まる。本会議再開前の議会運営委員会で、動議が可決後(懲罰委員会の設置・懲罰委員会の委員・懲罰委員会の開催日時)を決めていた。

→議会運営委員会で懲罰動議提出を決め、議会運営委員会で可決後の議事日程を決めていた。このやり方を良しとすれば、議会運営委員会で何でもできてしまう危惧を感じる。
→浅尾議員が、議事録を確認し、「打桐議員を地方自治法の議員の兼職禁止違反と断定」部分の削除を議長に申し出る。懲罰動議の理由の一つに対しては、浅尾議員自ら問題を修正。
→懲罰委員会開催(1日目)。正副委員長決まる。委員長:丸山議員、副委員長:菊池議員。
→懲罰委員会で、自由討議(議員間での自由な議論)。「議会運営委員会での議論を聞きたい。責任者である議会運営委員会委員長の責任で明らかにして欲しい」と言っても、却下。疑問をいくら投げかけても、最後は「手続きに問題はない(手続きにも問題あるし、一議員の身分にも及ぶ懲罰動議を軽く扱い過ぎている)」で終わり。いくら議論しても、「新城市議会初めての懲罰動議がなぜ出されたのか?」の疑問は解けないどころか、逆に深まった。
→浅尾議員からの弁明が許可され、浅尾議員が弁明。自分の法律の無理解による混乱の謝罪を示すものの、全体的に、自己弁護が大半を占めた弁明となった。

→懲罰委員会開催(2日目)。
→浅尾議員の前回の懲罰委員会の弁明に、多くの議員から疑問の声が上がる。浅尾議員の発言の問題の核心が何であるか、自由討論続く。多くの議員が自分の考えを発言。
→滝川議員の「浅尾議員は、自由討議を聞いていた。浅尾議員の考え方の変化を聞いたらどうか?」との発言を受けて、浅尾議員を委員会に参加させる。浅尾議員に、各議員が質問を続ける。
→浅尾議員は、しどろもどろな発言を続けながらも、最後には「みなさんの発言を聞いて、自分の思慮不足の発言が、打桐議員の妻の会社への名誉侵害を引き起こしていたことが理解できた。自分の法律の理解不足を感じている」などの謝罪の意思を示す。

→浅尾議員退場後、浅尾議員への懲罰の有無を議論。僕は、「浅尾議員が自分の過ちを理解している。懲罰の理由が解消されている。懲罰動議の経過の不当性を考えれば、懲罰無しが妥当」と主張。懲罰無しは否決。
→鈴木達雄議員が「懲罰あり。戒告(議長が戒告文を本会議で読み上げる)が妥当」との動議、鈴木眞澄議員が「懲罰あり。陳謝(議会で議決された謝罪文を、本会議で本人が読み上げる)が妥当」との動議。この二つの動議がどちらも委員会の過半数得られず。
→再度、鈴木達雄議員が「戒告が妥当」と動議。「戒告」動議が、過半数を占め、懲罰の種類は、「戒告」に決定。最初の採決に「陳謝が妥当」の委員が全員「戒告が妥当」に賛成。
→「戒告文」を委員会で議論。「謝罪の中身を明らかにさせるために、浅尾議員に謝罪文を議長に提出させるべき」と山崎議員は、強烈に主張。

→委員の修正意見を議会事務局が反映させ、最終文を作成。最終文を委員会に提出し、最終確認。
→僕が「今回の懲罰は戒告である。謝罪文まで求めることは、陳謝に相当するのではないか?法律違反の懲罰を科してはいけない。法律的に問題を残してはいけない。専門家の意見を確認するべき」と主張。慎重な対応に配慮した議会事務局が、専門家に確認。確認により、僕の指摘の正しさが明らかになり、謝罪を求めた部分を全面削除。山崎議員は、その対応に最後まで抵抗。「戒告」の中身を理解できない山崎議員の言動の不思議さ。
→法律通り、「戒告文」を作成し、懲罰委員会終了。

 2日間の懲罰委員会は、各々の議員が真摯に向き合おうとした時間だったと思います。浅尾議員が、多くの議員の発言を真摯に受け止めることができたのは、議会全員で議論し、多くの議員が「浅尾議員の発言の何が問題だったのか」と真摯に語りかけたからだと感じました。

 ただ、山崎議員の発言には驚きの連続でした。山崎議員は、市長リコール運動の反対運動の先頭に立ち、市民に対する名誉侵害が疑われるチラシ作成に関わり、請求された政治倫理審査会が設置されても、審査に協力せず、審査会に泥を塗った議員です。審査会が結論を出せないまま終了すると「これで無罪放免」と自分のFBで発信しています。

 その議員が、浅尾議員には「懲罰を科さないと本人のためにならない」「議員は、発言したことに責任を持たなければならない」「再発防止のため本人の弁明を明らかにさせなければならない」「反省だけでなく、謝罪もさせなければならない」「戒告でも反省と謝罪を議長に提出させろ」と誰よりも厳しい言葉を使いました。 

 この山崎議員が、柴田議員の反対討論での混乱の時には、浅尾議員への厳しい主張とは逆の主張、浅尾議員の懲罰委員会での議会の到達を完全に否定するかのような態度に終始しました。それでは、打桐議員の政治倫理審査会報告を巡る動きについて問題発生の経過をお知らせします。

<打桐議員の政治倫理審査会報告を巡る動きについて問題発生の経過>
 倫理審査会は、「打桐議員の行為は政治倫理条例違反」と断定した。審査会報告は、打桐議員に「市民に疑念を抱かせた打桐議員と妻の会社との違反状況の是正と公の場での謝罪を勧告」した。政治倫理条例に従い、12月議会に「勧告」の議案が提出された。

→打桐議員が弁明。「市民からの疑念に対して真摯に受け止める。入札手続きに不正はなかった。市民の疑念につながる不正はなかった。十分な説明を行えば、議員にも理解してもらえると考えている」と、政治倫理審査会の報告を理解できていなことを自ら明らかにした弁明。倫理条例が、「入札に不正の有無を問題にしているのではなく、議員の倫理を問題にしている」ことを理解しようとしていない。
→政治倫理審査会の報告の討論に移る。
→柴田議員が反対討論。
→議場(傍聴席も含めて)内が騒然となる。柴田議員は、議長が発言を制止しても、不穏当発言を連発しながら最後まで発言を終える。
→ここまで議会の品位を低下させる発言の異常さを指摘すると、さすがに議長も自覚し、「休憩」を宣言。
→議会運営委員会の開催が決まる。

→議会運営委員会で、議事録を作成し対応することを決める。議事録作成に取り掛かる。
→穂積市長が議会棟に出向くなど、議会対応に関与したかのような動きを感じる。「穂積市長と竹下総務部長が柴田議員の発言について話していた。穂積市長は、問題発言とは考えていないと言っていた」「穂積市長は、柴田議員の発言より、白井・加藤の発言の方がひどい」などの発言があったことを複数の議員から聞いた。
→議事録が出来上がり、議会運営委員会が再開。
→議事録に基づいて議会運営委員会で議論が続く。「そもそも倫理条例の無理解のもとで組み立てた発言。不穏当発言ではなく、討論全体が問題」(滝川議員)「何十項目も指摘すべき発言がある」(山口議員)との発言を危惧する発言あり。逆に「発言で言うなら白井議員の方がもっと問題だった。考え方の違いだけ。彼なりの理解。大きな事実誤認ではない。入札の視点は的確な発言」(山崎議員)「反対討論なので厳しい言い回しになっていると思う」(村田議員)、「討論の自由がある。議会運営委員会として関与できるのか?」(丸山議会運営委員長)などの柴田議員擁護の発言もあり。あいまいなまま、議会運営委員会は終了。

→本会議開催。何も問題が無かったかのように、議事が進み始めることに危惧を感じ、「休憩」動議を提出の意向を示したところ、議長が「休憩」を宣言。
→全員協議会開催が告げられる。
→全員協議会が開催される。柴田議員が、議長の制止を無視したこと、政倫審のみなさんに迷惑をかけた(何を迷惑かけたかは明らかにせず)ことを謝罪。
→各議員が柴田議員の発言の感想を述べる。
→「議会への冒とくだと感じた。発言の取り下げぐらいを思っている」(鈴木達雄議員)
→「録音から5回にわたり議長から注意を受けていた。不適切発言を確認した。通常通りの対応をした(浅尾議員のいきなりの懲罰動議とは違うけど?)。厳重注意を議長からすることにした(浅尾議員には、注意の前に懲罰動議。なぜ?議会運営委員会委員長の責任放棄?)」(丸山議会運営委員長)
→「議事録も見ずにどの様に判断できるのか?(事務局が議事録を配布しようとすると、言葉を荒げて配布を止めたのが丸山議員)」(菊池議員)
→「発言の問題は明らか。政治倫理条例の無理解」(加藤議員)
→「議事録がなければ判断ができない。うろ覚えでは相手に失礼。議会運営委員会でも10数か所の不穏当発言が指摘されている。議事録を出すべき(いくら求めても無視)。」(浅尾議員)

→「政治倫理条例を理解せず、曲解しているので討論になっていない。政倫審への配慮不足ではなく、愚弄している」(滝川議員)
→「反対討論という性格上、多少問題があっても許される範囲。住民投票ではもっと激しい討論があった。こういった発言は仕方がない。法の解釈は人によって違う。あなたの考え方を押し付けるのはおかしい」(山崎議員)
→「政治信条の自由は誰も侵害できないが、政倫審の報告に沿った反対討論が欲しかった」(長田議員)
→「議会としての品位が必要。品位が欠けていたら、やり直す。一つ一つの発言が重要。基本的なルールに則って討論すべきだった」(鈴木眞澄議員)
→「ルールに従って身を処してほしい」(小野田議員)
→「議会運営委員会でも指摘した。問題個所が多すぎる」(山口議員)
→「外から見られているので自ら律していく。議会のあり方を見直すべき」(中西議員)

→大多数の議員から、柴田議員の発言の問題が指摘されても、最後は「議長が責任を持つと言っている。議会運営委員会を信じて欲しい(信じられないから全員の合意が必要と言っているのに。浅尾議員の懲罰委員会での教訓は何だったのか?)」(丸山議会運営委員長)と全員協議会を無理やり終了。議事録は、議会運営委員会限りに固執。
→本会議開催。強引な全員協議会閉会に抗議して、「休憩」動議を提案(賛成者は、加藤・菊池・浅尾議員と白井の4人)したが、否決。

→その後、政倫審報告議案に対しての僕が、賛成討論を行う。柴田議員の反対討論の問題点を指摘して、政倫審報告を支持。柴田議員の不穏当発言の数々を明らかにし、柴田議員の議員としての資質を指摘。
→山崎議員が反対討論。「政倫審報告に反対はしない。指摘したいのは、勧告が拙速ということ。他の議会にはこれほど重い政治倫理条例はない。勧告を認めれば、議員辞職を認めることになる(辞職を求めているわけではないが、議員の倫理はそれほど重いものと規定している)。打桐議員は、はっきりわからないまま処分が議決されようとしている。謝意を示しているから議決はいらないと思う(浅尾議員への厳しい態度との落差は何か?)」と政治倫理条例が悪いかのような反対討論。
→加藤議員が、政倫審報告に基づき、柴田議員の政治倫理条例の無理解を指摘し、賛成討論。

→採決。政倫審報告議案に反対したのは、山崎・柴田・村田議員の3人。
→政倫審報告議案に基づき、打桐議員に勧告が議長により読み上げられる。
→最後に、浅尾議員に「戒告文」が議長により読み上げられる。
→12月議会閉会。

 柴田議員の発言は、「議員の発言の権利」に属さない問題です。それが理解できなければ、議会は何でもありの無法地帯となります。柴田議員は、何回も「入札に不正があったのか?」と疑問を投げかけましたが、政治倫理条例が「犯罪の捜査」ではなく、「議員の倫理」を問う条例だと言うことを理解できていないため、「議会が打桐議員を裁く権利があるのか?」「政倫審は法を無視して勝手に解釈した」「政倫審を議員同士の制裁の道具としている」「打桐議員に何の落ち度があったのか?」など、見当違いの発言を繰り返したのです。

 新城市議会は、議会基本条例を制定し、その運用を支える重要な柱として、議員としての倫理向上を保障するために、政治倫理条例を制定したのです。この要の条例を理解できないまま、議会活動が行われているとすれば、議会基本条例までも有名無実化してしまいます。

 それだけ、問題ある発言だと考えるから、かなり厳しく議長にも指摘しました。議長も問題を感じたから、緊急に議事録をおこさせ、議会運営委員会、全員協議会を開催し、議員の討論を求めたのではなかったか?浅尾議員には、いきなりの懲罰動議を出した議会運営委員会が、柴田議員発言には腰砕けです。議会に原理・原則がありません。これでは市民の信頼は低下するばかりです。

 全員協議会で大多数の議員が、問題を指摘したのに、早々と「発言の訂正」だけで終了を急いでいたようにみえます。不思議です。あれほど、浅尾議員には「懲罰が必要」としていたのに?政倫審報告議案に反対したのが、山崎・村田・柴田議員の3人。打桐議員も含めて4人は、会派「新城同志会(穂積市長リコール運動に反対した議員集団)」のメンバー。会派の悪しき伝統の復活か?みんなで渡れば怖くない、やっぱり会派は特別な集団を作ってしまう危険があります。

 12月議会は、新城市議会の実態をますます明らかにしました。何が正しいのではなく、自分たちに都合の良い議会活動をしている議員が議会を腐らせているのです(ことわざに、「腐ったリンゴは隣を腐らす」。広がらないこと祈るばかりです)。12月議会を傍聴した市民は、どうしようもない議会の実態に失望にも近い感情を抱いていたようです。議会がだめなら、穂積市長に期待をと思っても、何を目指しているのか不明な市政では、失望に拍車をかけてしまいそうです。

posted by 地産池消 at 01:28| 愛知 | Comment(18) | 市議会の出来事 | 更新情報をチェックする

2016年12月13日

僕は、子ども議会にいるのでしょうか?

 12/13(火)、懲罰委員会が開催されました。今日の内容は、委員会の委員長の選挙(丸山議員に決まりました)、副委員長の決定(委員長より指名で、菊池議員に決まりました)、懲罰動議発議者の説明、発議者への質疑、浅尾議員の弁明で終わりました。

 次の委員会は、12/15(木)、午前9時から開催されます。今後は、懲罰の必要性の有無、必要となった場合の懲罰の内容、と議論されていきます。委員会の結論が出れば、12/16(金)の12月議会最終日に、委員会の結論を議決し、議決内容に従い対応されます。

 懲罰動議の不当性はあまりにも明らかだと考えていますが、発議者は、自分たちの判断の妥当性を一生懸命(一生懸命であっても傍聴者には自己弁護にしか聞こえなかったと思います)答弁しました。発議者の答弁は、その場しのぎにしか聞こえませんでした。何で、もっと慎重に道理を尽くして対応できないか不思議です。その場しのげても、議会の信用低下(またもやマスコミ報道)は取り返しができません。

 「重大な問題だった」「そう思った」「著しく名誉を傷つけた」等など、感情的な判断で懲罰動議が議論されているとしか考えられませんでした。僕は、何のために議論しているのでしょうか?「僕は悪くない」と叫んでいる子どもたちと議論しているのような錯覚に襲われます。

 僕は、新城市を前に進めるために、議会人として当たり前のことを当たり前にやってほしいだけです。こうやって、議会の足りなさを書くことが多過ぎます(もっと明るい話題を提供したいのですが)。議員の守るべき原則は明確です。議会基本条例に立ち返るだけです。議員に言いたい、「あなたたちの一つ一つの言動が市民の信頼を高めたり、低めたりしている。議員として何をしたいのか?」。もっと真摯に、もっと互いに厳しく、議員同士が切磋琢磨できる議会にしたい、そうしないと議員が単なるサラリーマンで終わってしまいます。

 あと一年しかありません。議会を機能させるためには、主義主張が明確で、議員の役割を理解できる議員を多数にするしかありません。そのための時間は限られています。議会を変えたいと願う人は、傍観者であってはならないと思います。自分に何ができるか少しでも多くの市民に考えて欲しいと思っています。そこに頼るしかないのが議会の現状です。
posted by 地産池消 at 22:29| 愛知 ☁| Comment(4) | 市議会の出来事 | 更新情報をチェックする

2016年12月12日

議長・議会運営委員会の責任を問う

 議会運営委員会は、議会運営に責任を持つ組織と言われています。その責任で、懲罰動議を出したはずです。浅尾議員には、「懲罰」を出すべきだと判断したのです。懲罰動議の理由は、浅尾議員には議事録の確認もさせないまま(本人に発言内容を確認させないまま)、「地方自治法違反」ということです。違反の中身は、地方自治法第132条「普通地方公共団体の議会の会議又は委員会においては、議員は無礼の言葉を使用し、又は他人の私生活にわたる言論をしてはならない」ということです。

 「無礼の言葉」とは何でしょうか?人によって判断が違うでしょう。ある人がそう思っても、別の人がそう思わないことだってあるでしょう。議会運営委員会で熟慮の結果、「無礼の言葉」と判断したらしいのですが、議会運営委員会で判断したとしたら、本人に問うのが常識です。本人が忠告も聞かず、非も認めず同じことを繰り返すのであれば、懲罰動議もありえると思います。

 議会は通常、慎重を期すために、議会運営委員会で発言テープを起こし、「無礼の言葉」を含めて不穏当発言の確認をしてきました。本人も原稿を持たず発言をすることもあり、正確な発言は本人であってもわからないことがあります。だから、議会運営委員会で正確な発言を確認し、不穏当発言の有無を判断した上で、本人に指摘し、本人了解の上訂正・削除などの手続きを取ってきたはずです。

 今回は、浅尾議員には知らせないまま(議事録を見せないまま)のいきなりの懲罰動議でした。議員の質問は重みがあるからより慎重に言葉を選ばなければなりません。それと共に、議員の質問は重みがあるからより慎重に不穏当発言の有無を確認しなければなりません。より慎重の確認のためには、本人の確認も不可欠であるべきです。

 浅尾議員は、本日議長に会い、議事録を確認し不穏当発言と思われる箇所を確認し、削除の意向を示したとのことです。本人の議事録確認は今日が初めてとのことです。議会運営委員会は、既に何日も前に確認をしていました。確認をしていながら、本人を呼ぶことも注意することもしないままの懲罰動議でした。

 この経過から言えることは、「懲罰動議」前提での議論が進められていたということです。「打桐議員の家族への名誉回復が早急に必要だった」「発言内容が確認するまでもなく重大な逸脱」のような理由も聞こえてきますが、そうだったらなおさら、浅尾議員の不穏当発言を確認した時点で、本人を呼び発言の削除、謝罪を求めるべきでした。

 そうすれば、懲罰委員会を待たず、結論を持つことができたのではないでしょうか。現実、浅尾議員が、議事録確認後、発言の削除を申し出ています。謝罪の意向があるかはわかりませんが、もし、謝罪の意向を示したとしたら、懲罰委員会の議論が宙に浮いてしまいます。

 懲罰委員会は、浅尾議員への懲罰を決める場所だからです。つまり、前提に浅尾議員が発言の不穏当性を認めず、謝罪もしないという状況があるから、委員会で結論を出し、その結論に議員を従わせるのが委員会の役割だと思います。委員会は、議員を裁くのではなく、議員としてのあるべき姿を取り戻させるために存在しているとも思います。

 浅尾議員が、議事録を確認し、自分の判断で間違いを認め、必要に応じて謝罪をすることになれば、それ以上は必要ないと思います。議事録も確認させず、本人を呼びもせず懲罰動議を、熟慮(?)を重ねた議会運営委員会が出したことで、「新城市議会が懲罰委員会を設置」とマスコミにかきたてられました。またもや大きな信用低下です。

 この信用低下の責任は、これまでのやり方を踏み外した、議長・議会運営委員会が負うものです。また、新たなる新聞報道で、打桐議員問題がまたもや表面化してきました。これでは、逆に打桐議員の家族の負担を大きくした責任も問われるのではないでしょうか。僕は、懲罰動議提出の時、「懲罰動議の不当性」を口をすっぱくして言い続けましたが、議長・議会運営委員会には届きませんでした。明日からの懲罰委員会の議論の行方次第では、議長・議会運営委員会に責任を取ってもらいます。

 

 
posted by 地産池消 at 21:28| 愛知 ☁| Comment(4) | 市議会の出来事 | 更新情報をチェックする

2016年12月11日

議会改革投げ捨て!子どもの喧嘩はやめようよ!

 12/9(金)、12月議会本会議において、突然、浅尾議員に対して懲罰動議が出されました。本会議途中に、いきなり「休憩動議」が出され、休憩中に議会運営委員会で議論が続けられていました。議会運営委員会委員以外は、何が話し合われているか伝えられていませんでした。

 結果出てきたのが、懲罰動議でした。本当に突然でした。「なぜ、いきなり懲罰動議なの?」というのが率直な思いでした。12/8(木)の一般質問での浅尾議員の発言に対してです。発言に対しては、打桐議員の妻が経営する会社(打桐議員の議員倫理条例違反は審査会が結論している)を「地方自治法違反」前提での発言となっており、議員の公の場での発言としては、あまりにも配慮にかける発言と僕自身も考えていました。

 当然、議長も発言内容に疑義を感じ、発言内容を確認の上、議長として対処する旨の発言をおこなっていましたので、何らかの対応が示されると考えていましたが、突然の懲罰動議には驚きました。議員に対しての責任を問う重大な対応になるからです。

 懲罰動議が出され、議会の議題に上がりました。議題に上げるために議会運営委員会で確認が行われていました。確認内容とは、懲罰動議を議題に上げ、発議者の説明、説明に対する質疑応答、議決までの流れです。議決されれば、議会運営委員会で確認されていた懲罰委員会の構成(議長、浅尾議員を除く全議員)、委員会開催日の通りに進むことになっていました。流れのすべてが、議会運営委員会で決められていました。

 そして、懲罰動議の採決は、賛成多数で可決されましたので、議会運営委員会で決められた通りに進むことになりました。発議者への質疑応答は、議場で行われましたが、肝心な質疑への答弁は、「ルール通りに進めているので問題はない」の連発で、十分な議論の上出された懲罰動議とは考えられませんでした。不思議でした。発議者への質問を含めて、今回の懲罰動議の疑問を羅列してみます。

 ①議長は、浅尾議員の発言後、通常通りの対応、つまり発言内容の確認の上、議長の責任で対処する意
志を示していた。それならば、浅尾議員の発言内容確認し、不穏当発言と認められれば、本人を呼び確認の上対処すべきだった。しかし、今回は、本人に何の通告もなく、なぜいきなりの懲罰動議なのか?これまでの対応をなぜ踏まなかったのか?

 ②懲罰動議を決めたのは、議会運営委員会だった。運営委員会以外の議員には、何も伝えられなかった。発議者は、丸山委員長を除く全員のメンバー(山崎、村田、小野田、滝川、山口議員)だった。議会運営委員会は、議事運営に対して責任を持っているので、その日の会議終了後、議会運営・議員の発言に対して問題の有無を確認することになっている(以前問題になった長田発言の再発防止のため)。当然、浅尾議員の発言が問題視された。通常であれば、問題視された発言に対して、本人の意思確認を行い、発言の訂正、取り消しなどを促すのだが、今回はその手続きを省略し、なぜいきなりの懲罰動議だったのか?

 ③懲罰の発議者が議会運営委員会のメンバーで、発議理由も同じメンバーで確認し、議題にあげることを決めたのも同じメンバーとなっている。議会運営委員会で懲罰動議を準備する議会(議員個人同士が出すことは他の議会でも例はある)があるのだろうか?しかもやり方が、懲罰を前提に考えているとしか思えない。なぜ、懲罰動議の前に、浅尾議員への対応を考えなかったか?

 ④このやり方が認められてしまえば、議会運営委員会の恣意的な考えで、懲罰動議が出せるという前例を作ることになってしまう。もし、議会内に多数派が形成された時、少数派の議員に安易に懲罰動議を出せる前例になりかねない。新城市は、会派を無くして、全員野球で活動する方向を選んだ。問題も全員で議論し改善していくことであったはず。議会運営委員会だけで、懲罰動議という大きな選択をなぜしたのか?

 ⑤発議理由に、浅尾議員が打桐議員の妻の会社を地方自治法違反(議員の兼職違反)と勝手に判断し発言を組み立てたことを問題にしながら、一方では、浅尾議員が地方自治法違反(議会の品位を汚した)と勝手に解釈している。どちらも、裁判所でない議会が判断できる違反ではない。となると、発議理由が消滅してしまう。この矛盾を議会運営委員会のメンバー全員がなぜ考えなかったのか?

 ⑥発議理由には、「著しく侮辱し」「著しく損なう」という文言で、浅尾議員の自治法違反を決めつけているが、この文言は恣意性が非常に高い。もし、この文言での法違反の認識が許されれば、簡単に懲罰動議が可能となる。このような前例が、今後の議員活動の幅を狭めることになると考えなかったのか?前例は、今後の議会に大きな影響を与える。現時点でのもめごと解決ではないのである。特に、議員の責任を問うことにつながる対応には、より慎重な対応が必要と考えなかったのか?

 ⑦発議理由に「当該私企業の立場を著しく侮辱し、名誉を著しく損なう内容」と指摘している。この理由を認めることになると、議会でも何度も取り上げられている「タナカ興業」への質問も、発議理由から懲罰動議の対象になってしまう。タナカ興業は、法違反は犯していない現在においても、行政指導に従っている。その私企業、そこで働く従業員とその家族への配慮を欠いた、まるで罪を犯している企業という印象を、公開の場で議員の発言により振りまき続けてきた。具体的には、中西・浅尾・山口議員の発言の精査が求められると考えないのか?

 ⑧懲罰動議を議論した議員は現在の新城市議会にはいない。おそらく、懲罰動議が出された後の流れを理解できていた議員は、議会運営委員会にいなかったと考えられる。誰が、なぜいきなりの懲罰動議を提案したのか?

 浅尾議員の思い込み(議会が議員の情報発信を規制する、議会運営委員会で議員の発言をチェックし内容変更、取り消しを求めるなど)によるブログ発信で議会の信用を傷つけ、未だに自分を正当化している活動があるのは事実です。今回の発言では、自分の勝手な判断で、打桐議員の妻の会社への信頼を傷つけたという問題を起こしたと考えています。

 しかし、議会として浅尾議員の未熟さに十分な対応してきませんでした。「言っても聞かない」と問題を先送りしてきました。全員野球であれば、議員全員でお互いの改善点を指摘し合い、議会全体として質の向上を目指すべきなのですが、それを求めても先送りが続いてきました。政治倫理審査会の多発が問題になりましたが、僕たちは政治倫理審査会設置申請の前に、議長に会い「議会の自浄作用で解決すべき」と提案してきました。しかし、「問題と思えば自分で動けば良い」というような対応しか示されないので、委員会の設置を求めるしかありませんでした。議会(議長の責任が重い)が議会改革を捨て去っています。

 浅尾議員の議員活動に疑問はありますが、懲罰動議の前に、議長として、議会運営委員会として、議員としてやるべきことをやりつくすことが、大人としての議会対応です。住民投票でも、議会内では15対3という多数で抑え込もうとしていました。しかし、市民多数は議会少数派を支持しました。議会が、市民の方向を向くのではなく、多数に逆らえない雰囲気を作っているかのようです。

 今回の突然の懲罰動議も、感情的な子どもの対応に見えてきます。議会内でいじめが行われているようにも見えてきます。多くの支持を背負った議員なのですから、もっと論理的な生産的な議論をしませんか?今のままでは、子どものいじめ対策など議論できないレベルだと思いませんか?多くの議員に自分の行動への振り返りを望みます。
posted by 地産池消 at 07:38| 愛知 ☁| Comment(10) | 市議会の出来事 | 更新情報をチェックする

2016年12月08日

議会の不思議なルール

 議会での議員質問には、一般質問と質疑があります。共に事前に通告します。何が違うのでしょうか?

 一般質問は、市政全般にわたり自分の意見を述べることができます。質疑は、質疑する議案に対して疑義を質すことしかできない(自分の意見を述べることができない)と決めています。

 いつも不思議に思っています。議会の重要な働きがチェックです。自分の意見も述べずに、何でチェックができるのでしょうか?議案には、市長の考えが反映されているはずです。だとしたら、議員も議案に対して自分の考えをぶつけなければ議論になりません。当然、そうしなければチェックなどできないと思います。

 質疑に議員の考えを述べてはいけない、と全国の議会が信じています。議会運営の常識として言われていますが、僕には納得できません。何のために、そんなルールが必要なのか理解ができません。普通に考えて、議論する議会を目指している議会が、自ら手足を縛るようなことをすることは馬鹿げています。

 質疑を繰り返していくと、「これは質疑だ。自分の意見を言うな。これ以上の質問なら一般質問でやれ」とお馬鹿な議員の野次が飛びます。不思議な議員で構成されている議会です。議員が徹底的に議論しなければ、市民の信頼が得られるはずがありません。

 おかしなルールなので、仕方なく一般質問で議論をしようとすると、今度は「通告から外れている」と議長の制止が入ります。12月議会の僕の一般質問でも「通告から外れている」の制止が何回か入りました。「何が通告から外れているのか」と抗議しながら質問を続けましたが、馬鹿げた議長の議会の議事整理権です。

 具体的に振り返ってみます。今回の質問通告は、中心市街地活性化についてです。市長答弁の中心市街地活性化の分析があいまいで、今後の方向性も示せないため、こちらから中心市街地活性化に成功した滋賀県長浜市の「黒壁」の取組、活性化のための手法としてDMOを議論に載せました。この提案が、「通告書に長浜もDMOのことも書かれていない。通告外発言だ。通告の範囲から出てはいけない」と議長から制止が入りました。

 一般質問では自分の意見が自由に述べられるはずです。それも、中心市街地活性化に成功した事例での議論が、通告外と言われてしまえば、通告を事細かく書かなければならなくなります。そんなことがまかり通れば、通告書は長くなり、議論の幅はどんどん狭くなります。馬鹿げたことです。議員は、一般質問のために、様々な角度から市政の問題点を明らかにし、問題解決のための議論を行わなければなりません。そのために準備は多岐にわたらなければ、深める議論にはなりません。

 一般質問終了後、「何が通告外なのか明確な理由を知りたい」と議長に質すと、「急に想定していない事例を持ち出されたら市長が対応できない。事前に、何を言うのか示してもらわないと、準備ができない。議論を深めるための、あなたへの忠告だ」とのこと。議長は、誰のために議会の議論があると考えているのでしょうか?僕は中心市街地活性化に関して、ただできないことを批判するだけでは建設的な議論にならないと考え、「批判だけなら結構。あなたの対案を示せ」と言われても戸惑わないように準備をして一般質問に臨んでいるのです。

 一般質問は、市長と議員の真剣勝負です。市民のために、より良い方向に新城市を引っ張っていかなければなりません。本来、市長なら通告などなくても議員との議論などできて当たり前だと考えています。議場の議論は、枝葉の議論ではないのです。新城市の骨格になる政策の議論であるはずです。今回の様に「中心市街地活性化」の議論に絞ってあるのですから、「通告外」と議員を制止するのではなく、「市長、明確に答弁してください。そのくらいは事前に準備してください」と言うべきでした。注意する相手を間違えては、せっかくの議論が薄まってしまいます。

 100歩譲って議長の議会整理権を認めたとしたらどうなるのかと、続く議員の発言をチェックしました。「通告外」の質問のオンパレードです。その度に、議長に「通告外。議長、公平に対処しなさい」と指摘しても、何も注意しませんでした。これも議長の整理権でした。公平・公正に整理権を行使しないと、議場は混乱します。そもそもは、議員の質問権は最大限に守るべきものです。質問途中に度々の制止が許されるべきではありません。当然、行き過ぎの場面も考えられますが、その時こそ議長の能力が試されると思います。

 「通告外」よりもっと問題なのは、「お伺い質問」です。「何々について教えてください」と聞くだけで、何も問題を指摘できない質問です。この質問が多過ぎます。議員が問題点を把握しないで質問に臨むことこそ、時間の無駄です。わからないことを聞くだけなら、事前に担当課で聞いても良いし、常任委員会で勉強会をしても良いのです。

 また、議長は、一般質問の最初の注意事項で、「2問目の質疑は、1問目の答弁に疑義があった場合に限ってお願いします」と言います。多くの議員の質問は、「疑義」など関係なく、通告時間まで質問を続けていきます。不効率な時間が流れています。この無駄な時間こそ、議長の整理権で無くしてほしいものです。「議論中心の議会改革」の掛け声は、呪文だったのでしょうか。この議会では、議員に魅力を感じさせることはできないでしょう。当然、優秀な人材は集まらないことになってしまいます。

 まる二日間、議員、市長、部長そして関係職員が拘束されました。何の成果があったのでしょうか?このような議会を変えることが議会基本条例の目的でした。議会基本条例の流れは、「議会が変わらなければ、自治体が消滅してしまう」という危機感を持った北海道栗山町から始まりました。新城市議会は、「議会改革など関係ない」と、自分たちの世界を作ってしまいました。

 
posted by 地産池消 at 22:44| 愛知 ☁| Comment(2) | 市議会の出来事 | 更新情報をチェックする

2016年12月07日

中心市街地活性化は闇の中

 12/7(水)、12月議会で僕の一般質問が終わりました。今回のテーマは、中心市街地活性化でした。まちづくりの重要な拠点と言いながら、市民の誰が見ても、中心市街地は寂れてきています。経過と現状の議論から、次の施策に結び付けたいと一般質問に臨みました。

 この中心市街地にも、新城市の顔としての再生に意気込んでいた時期がありました。50年ほど前に車社会の到来を夢見て決定された都市計画道路「栄町線(大善寺前から新城駅につながる道路)」がある地域です。合併前から、中心市街地活性化事業が始まっていました。

 国の支援があると補助金を当てにして強引に事業が進み始めました。国の支援の継続のため(栄町線事業の呼び水)に、賑わいを創出するための施設が必要ということで、まちなみ情報センターが建設されました。建設当時から、事業目的であったパソコン教室には、議会内でも疑問の声が上がっていました。

 当時、議員視察で、空き教室などを使ってのパソコン教室を開催していた自治体に調査にでかけていました。その視察で、今さらパソコン教室のための施設は時代遅れとなるとの感触をつかんでいました。しかし、土地代1億円、建物代1億円の計2億円(半分は国費)をかけて建設してしまいました。

 開所から数年間は、パソコン教室のためのパソコン本体の維持管理のため、1500万円を超える税金を投入していましたが、最初の心配の通り、パソコン教室の需要が減り、今は多くのパソコンが消え、維持管理費も約600万円(平成28年度予算、人件費含まず)まで下がってはいます。

 また、12年ぐらい前には、まちづくり推進室として利用するとの理由で、新城駅北側の明星跡地を購入しています。まちづくり推進室としての利用予定組織が、新城駅周辺まちづくり協議会や㈱山湊でしたが、現在、どちらの組織も存在していません。目的の一つであった新城駅北側開発のための利用も頓挫しています。

 未だに「何でこんな広い道路を作ったの?」と言われる大善寺前の栄町線には、約10億円(半分は国費)の税金を投入しました。それから10年近く経ちますが、ただ広い道路が残っただけで、中心市街地活性化につながっていません。しかし、この栄町線を新城駅前にまでつなげるという計画を廃止しようとはしていません。地権者の了解が得られないという理由で、当面は新城駅前整備だけを進めることになっていますが、将来構想は何ら示していません。

 以上からみられるように、中心市街地活性化事業は国の支援に飛びついた無計画なものと判断できます。新城市が作成した中心市街地活性化基本計画の期間は、平成21年から平成31年となっています。計画策定から既に7年余が経過しています。一般質問への答弁にみられるように、「中心市街地活性化は実現していない。今後検討する」という計画の破綻が明確になっています。

 なぜ、「なぜ計画が破たんしたのか?」「どこに解決策があるのか?」と質問しても、明確な答弁は出てきません。中心市街地活性化の重要性は認めるものの、何年も活性化のための手は打ってきませんでした。中心市街地活性化基本計画には、国の支援を受けて行った第三者の専門家の意見も載せています。専門家が、中心市街地の強みである「全国に誇れる歴史資源がある」との指摘の活かさずここまできてしまいました。

 家康が、長篠設楽原の戦いで功績のあった奥平貞昌に新城城を作らせた城下町の地が中心市街地なのです。この歴史資源の活かし方を専門家も指摘していたのです。しかし、穂積市長はその指摘を具体化する努力をほとんどしていません。何回も議場でも議論しましたが、政策に挙がることはありませんでした。

 今回の一般質問で、中心市街地基本計画の破綻が明らかになっても、何も悪びれることもなく、「計画は見直す」と言っただけに終わりました。どう見直すのかと問いただしても、具体的な方向は示すことができませんでした。

 中心市街地の活性化は、奥三河の玄関口としても重要だと考えています。中心市街地から商店街が消えてしまえば、ますます人口減少に拍車がかかるでしょう。僕は、新城市再生の切り札の最有力候補が、観光だと言い続けてきました。観光のまちづくり=地域づくりだと考えていますので、観光の視点で、全市をつなげることができれば、必然的にまちづくりの方向が見えてきます。

 全市をつなげる重要な拠点の一つが、中心市街地だと考えていますが、穂積市長の認識がどこにあるのか答弁を聞いていてもわかりません。さらに、誰が何をどの様にマネジメントするのかを明確にできない穂積市長の政治手腕も心配です。

 今、地方創生で日本版DMOが強調されています。このDMOの進め方に大きなヒントがあると考えています。DMOの成功の要が、マネジメントとマーケッティングと言われているからです。DMOが語られるようになってきた経過を理解できれば、新城市にも再生の可能性が出てくると思うのですが。
 
posted by 地産池消 at 23:29| 愛知 ☁| Comment(0) | 新城の施策 | 更新情報をチェックする

2016年12月05日

DMOの今

 11/29(火)、新城設楽振興事務所で、愛知県の奥三河地域でのDMO(11/11付のブログを参照ください)支援について打ち合わせをもちました。愛知県の担当者、山村振興課の職員の尾崎さんに対応して頂きました。こちらは、滝川議員、観光課長、僕の3名でした。

 まず、尾崎さんから現状の取組状況を説明して頂きました。概要を以下に書きます。

 「2点について県として対応してきた。①点目がDMO設置に向けての検討、②点目が湯谷温泉地区内での交流拠点整備である。

 まず、①点目について。観光庁で進めている日本版DMOの奥三河での対応を検討してきた。奥三河でDMOの認定を受けられるのは、法人格を持っている奥三河観光協議会と考え、その方向で進めている。当面は、今年度中にDMO登録申請を行う必要がある。そのために、登録に必要な観光戦略策定のために、「チーム奥三河」を結成した。

 チーム奥三河には、A部会(奥三河市町村の課長レベルで構成)、B部会(奥三河市町村の観光協議会、観光関連業者などで構成)、C部会(湯谷地区内の交流施設の検討メンバーで構成)を置いてあり、それぞれの部会での検討に加えて、奥三河ビジョンフォーラム、戸田愛大教授などの支援を受けている。

 観光戦略策定後、観光庁に申請し、必要な条件を満たしていれば、DMO候補として登録され、地方創生の財政的支援を受けることができる。今年度は、DMO申請が核事業となる。来年度以降も支援を続ける。

 2点目の湯谷温泉地区内の交流拠点の整備について。拠点となるのは、幡豆グループの従業員施設として以前に使用していた建物である。幡豆グループでは、将来は浴衣、下駄ばきで宿泊者が、湯谷温泉を散策してもらえるような温泉街にしたいと考えている。そのために、ゲストハウスとしての利用を目的に改修を行う幡豆グループに最大2000万円の補助を行う。

 既に別事業である「三河の山里サポートデスク」が動いているが、連携をしていく。三河の山里サポートデスクの内容は、愛知県の山里に定住し、起業を目指す個人に支援(募集条件は、一人30万円/月、7ヵ月間)するというものである。30人の応募の中から、10人の申請が認められ、既に活動を始めている。湯谷温泉地区内のゲストハウスの改修が終わり次第、ゲストハウスが活動拠点となる」

 説明をお聞きしても、奥三河DMO事業に不安はなくなりません。打ち合わせの場で、「DMOとなるのが、奥三河観光協議会だが、現在の人員(正規職員は2名のみ)では、観光案内所の対応だけでも大変であることを考えれば、DMO対応はむつかしい」と指摘しました。同様な不安を奥三河観光協議会も感じているとの話を聞いて、さらに心配になりました。

 DMOが成果を上げるためには、人的補充がなければ、まさに「絵に描いた餅」になるのではないでしょうか。ゲストハウスにしても、起業予定の10人との連携が見えてきません。また、これまでの発想を変えなければ大きな変化は期待しにくいと思います。当事者だけの発想だけでなく、第三者の視点を取り入れることが必要となります。

 話を聞いていて、奥三河市町村の首長の関与の薄さを感じました。担当者レベルの話では、従来の枠から出られないと思います。地方創生というチャンス(国の支援)が活かせなければ、次のチャンスはないかもしれません。奥三河市町村の首長が、将来を見据え、大胆な財政投入と人的配置を行わないと、やってみただけに終わると考えています。新城市長には、武将観光、エネルギーの自給、地産地消の産業興しを中心にすべきと提案してきたのですが、なかなか政策に組み入れてもらえません。大きなチャンスがきていますが!?

posted by 地産池消 at 16:19| 愛知 ☁| Comment(4) | 新城の施策 | 更新情報をチェックする