2017年07月16日

任期4年を振り返りますPart3

久しぶりに「任期4年を振り返ります」に戻ります。今回は、世間を騒がせた「新城市議会の議員のブログ規制」についてです。発端は、長田議員の穴のあいたコンドーム発言(平成26年6月議会、6/18一般質問)からでした。長田発言は、全国放送にもなり、新城市議会全体が怪しい目で見られる事件となりました。現在、議事録は伏字になっています。

 本会議最終日の閉会前に、「先の一般質問の発言の中で、不穏当と思われる部分があった場合には、議長において録音テープ等を調査の上、措置したいと思いますのでお願いをいたしたいと思います」と夏目議長が議員に同意を求めていました。長田発言は、議員間で問題発言と認識され、議長に対応が求められていました。

 閉会後、議会としては、従来のように、不穏当発言(長田発言)を議長、議会運営委員会、本人の確認の上、削除する(伏字にする)方向で進んでいましたが、約1ヵ月を経た7月14日に突然、浅尾議員がブログで長田発言を議長に対応を求めるという内容をアップしました。これに新聞が飛びつき、市内外の人が知ることになりました。まるで、議会が長田問題を隠蔽していたかのような状況となりました。

 議会では、全員協議会を開催し、①長田問題、②長田問題を引き起こした議会活動の問題と議会改革、③議員の情報発信の在り方の3点を議題としました。議会の結論として、長田問題は、長田個人だけではなく、議会全体の問題だったことを認識し、その上で、長田問題は、①進退は本人の判断にまかせる、②結論は政治倫理審査会で検討が必要、と結論をもちました。

 長田問題を引き起こした議会活動の問題と議会改革では、不穏当発言の処理方法(対応の迅速方法、削除の是非、全議員への対応方法の周知方法など)、議会運営委員会の議事内容の議員への伝達方法など議会改革の必要性が語られ、その対応が議会運営委員会に委ねられました。

 3点目の議論「情報発信の在り方」が、中日新聞記者の餌食にされました。議論では、「議員のブログ発信規制」等を決めたわけでもないのに、中日新聞記者は、「新城市議会、ルールをつくる」と報道(7/24付朝刊)しました。議会の対応の経過の中で明らかになりましたが、浅尾議員はその現状が確認できる時間がありながらも、いきなりの議長の申し入れをブログ発信したことへの疑問が議員から出されました。

 ブログ発信がマスコミを騒がし、今回の様に新城市議会への誤解を広げることがあるのです。事実確認をしないままのブログ発信は、議員個人の責任を超える場合があることを考えると、「事実確認の重要性」の認識を共有することが必要という点において、「議員の情報発信の在り方」を議論しただけでした。

 中日新聞の記事が事実を捻じ曲げていると記者本人に、個人的に抗議しましたが、「問題があると思うのなら、あなたのブログを使うなどで抗議すればいい」と取り合わないため、以後は僕のブログで、中日新聞への抗議を繰り返しました。

 それから1ヵ月ほど経った8月22日 付の中日新聞は、「議員の発信制限見送り」と報道しました。夏目勝吾議長の「ルール作りは行き過ぎた部分があった。議員個々のモラルや見識に委ね、発信を制限することはしない」とのコメントも載せていました。夏目議長に記事のコメントの有無を確認しましたが、「そんなことは言っていない」とのことでした。発言をつぎはぎしながら、自分の都合の良いように組み立てた自作自演の記事を中日新聞記者が書いたと考えています。

 最初の記事「新城市議会がブログ規制」の時、「事実でない」と認識しながら議会としては、何の抗議もしませんでした。長田問題も、マスコミが騒ぎ始めた時、毅然とした態度(隠蔽してはいない。明確な態度をとっている)をとっていれば、議会への風当たりも大きく違っていたと思います。全てが後手後手に回り、傷口を自らが広げていたのです。

 浅尾議員への態度、マスコミへの態度が曖昧過ぎました。間違っていることは、議会として正すべきです。「一応言いました。後のことは知りません」では、何も変わりません。どうも議会としての覚悟がみえない4年間でした。結局、長田問題は政治倫理審査会に委ねられ、議会としての結論を持ちました。

 「ヤジのよう な不規則発言でなく、議事運営の妨害や混乱はない。文脈から見ても、特定の誰かに向けた発言でもなく、人権侵害、名誉毀損や侮辱、プライバシーの暴露など特定の誰かに具体的な害を与えていない」

 「長田議員は、謝罪の意思を示している上、議員としての今後の活動を含め有権者に判断が委ねられ、本人は逃げ場のない反省の場に立たされている」

 「また、本件発言内容が報道等で拡がり、市議会の品位が疑われ、新城市および新城 市民の名誉が損なわれたことは非常に残念ではあるが、これは発言自体によるものだけでなく、市議会運営の問題、報道のあり方など、二次的な影響も無視できない」

 以上の判断を踏まえ、審査会からの所見が示されました。①長田議員に対し、市民全体の代表者としての自覚と自省及び将来に渡り品位 を保ち、議員としての職責を果たしていくことへの表明を求めるべきである、②本事案を真摯に振り返り、議会全体としての責任を認識し、市民全体の代表 として市民に信頼される公正で民主的な市政の発展に寄与するため、新城市議会基本条例に基づき、広く市民の意見を求め、更なる議会改革を進めるべきである、ということでした。

 長田問題は、議会全体の教訓となりませんでした。議員個人としては、「無責任な行動が議会そのものに影響を及ぼすことを自覚し、真摯な議員活動を行う」、議会としては、「さらなる議会改革が徹底し、市民の信頼回復に議会全体で努める」ことを結論したはずでしたが、長田問題は「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で終わりました。

 以降も市民が疑問を抱くような事例が続きました。議員の無責任な行動、議会の中途半端な対応は続きました。

 庁舎建設問題では、市長提案に対して追随するだけで、議会として自ら市民の思いを把握する行動は皆無で、結局は、住民投票が求められることになりました。「市民が主人公」と言いながら、住民投票が求められ、市民と議会の認識の乖離を埋めることはできていませんでした。

 市長リコールで、正確な情報提供に努力せず、法で保障された市長リコールを進める市民を「民主主義の破壊者」と決めつけた山崎議員を放置しました。僕が、「議員としての行き過ぎた行動を議会として、正すべき」と求めても、議長も議会も何の行動も起こしませんでした。

 そのため、加藤議員とともに政治倫理審査会設置を求め、設置されました。山崎議員が、この倫理審査会に協力しないため、倫理審査会は審査を継続することができませんでした。山崎議員の行動は、「市民に抱かれた疑念は、自ら晴らす」努力を明記した政治倫理条例違反と言えます。市民から「人権違反」として告訴されても、謝罪の意思は示されず、議会として放置を続けています。

 打桐議員の妻の会社との関係が、政治倫理条例違反と倫理審査会で判断され、議会でも倫理審査会の判断が議決されました。その議決に基づいた行動を打桐議員が果たしているかが曖昧な状態を考えれば、議会としては市民への説明責任を果たしているとはいえません。

 山崎議員、打桐議員問題は、先に6月議会でも、「本人任せにせず、議会としての対応を求める」という動議を加藤、浅尾議員、白井の3人で提案しましたが、賛成者少数(賛成は、加藤、浅尾、菊池、山口議員、白井の5人)で否決されました。「議会としては判断した。後は本人の自覚。最終的には市民が判断する」という賛成でお茶を濁しました。

 この様な対応が、市民からの信頼が得られない要因です。「なぜ、議会として最後まで努力してくれないの?」となれば、議会は不要です。市政へのあきらめを助長するだけでしょう。

 加藤議員、白井も山崎議員等のグループから、倫理審査会が求められ、設置されました。「市長リコールで市民を扇動した」を主な請求理由としていました。この理由は、まさに長田問題で有識者から戒められた「倫理条例は議員の活動を縛るものではない。議員活動は最大限尊重されなければならない」という点を無視した行動でした。

 市長リコールは、市民とともに市長の政治姿勢を問うた議員活動でした。市長に異を問うような行動が、許せないと思ったのでしょうか?ここに山崎議員たちの民主主義の無理解が表れています。倫理審査会の結論は、「請求理由に、条例違反は認められない」でした。

 議会内に倫理審査会の乱発という声がありましたが、長田問題の結論を理解していれば、乱発は防げていたはずです。柴田議員(とそのグループ)は、議会改革検討会議などで「議会が批判合戦をしている」との認識を示し、政治倫理条例批判を繰り返していますが、条例を理解しようとしていないことは明らかです。「政争にするな」と言っていた本人たちが、倫理審査会を政争に利用していたことがわからないのです。

 柴田議員は、12月議会で、打桐議員に対して、倫理審査会の勧告に基づいた議決を求める議案の反対討論で、荒唐無稽な私見を繰り返し、議長の制止を何回も受けながらも発言を続けたため、議会が中断することがありました。その後の全員協議会で「発言のどこが問題というのではなく、発言全体が問題」と多くの議員が指摘しました。

 それにも関わらず、簡単な謝罪(謝罪した内容は、議長の制止を無視したことのみ、発言の内容の問題点には踏み込まず)で、懲罰動議の声を聞き入れることもなく、議会としての対応は終わりました。この議会では、浅尾議員の一般質問が、打桐議員の妻の会社への不当な指摘があるとの理由で、議会運営委員会のメンバーで懲罰動議が出され可決し、浅尾議員への謝罪を求めていました。

 浅尾議員の対応では、本人には何の確認もなく、いきなりの懲罰動議を出す議会が、柴田議員には中途半端な対応しかできません。浅尾議員からは、議員活動の未熟さに対しての謝罪(懲罰動議提出の問題はありましたが)がありましたが、柴田議員は現在においても、問題発言を正当化する発言を繰り返しています。倫理条例を理解できないままの議員活動を、議会は放置し続けているのです。

 以上の他にも、いくら問題を投げかけても、中途半端な対応が目立った新城市議会でした。議員であっても、何ともならないことが度々あるのですから、市民の歯がゆい思いは容易に想像できます。市民がいくら言っても「問題ない」「議会としては対応しない。本人の問題」などと、説明責任を果たさなければ、市民から見放されてしまいます。

 世間を騒がせた「議員のブログ規制」「長田発言」から振り返りましたが、その後も同様なことが繰り返されており、現在においても議会の対応の問題は解決できていません。市民への説明責任の視点が弱く、多くは「赤信号みんなで渡れば怖くない」と安易な幕引きをしてしまうのです。

 今回の視点での議員の評価についてです。問題議員は、条例を理解しようとしない山崎議員、柴田議員、その議員を指導できない下江議長と中西議員。問題議員を正せない議会責任から考えれば、多くの議員は50歩100歩(敢えて言えば、加藤議員はこれらの問題点に声を挙げた点で一歩リードか)。自分に甘く、他者に厳しいでは、議会全体の質は上がりません。自分流の活動が当たり前では、いつまでも「チーム新城市議会」には到達できません。やっぱり、議会基本条例で当たり前の活動の理念を共有し、議会・議員としての当たり前の活動を明記するしかないと思います。
posted by 地産池消 at 07:20| 愛知 ☁| Comment(0) | 市議会の出来事 | 更新情報をチェックする