2017年08月14日

公開政策討論会のやり取りは続きます

 穂積氏からは、お忙しい中、返信が届いています。この様にネット上でやり取りができると思うのですが、議論ばかりが続きます。相変わらず山本たくや後援会殿からの連絡はありません。このまま、10月を迎えるような気がしてきました。以下、新しいやり取りをお伝えします。

【8月13日午前10時31分返信(穂積氏から白井へ)】
白井倫啓様

私は当初からネット討論に関しては、共通サイトもしくは信頼のおける第三者あるいは交通整理役のサイト上で、共通ルールを設けたうえでの運営を提案してきました。ネット空間の特性から考えて、そのようにすることが最も適切だとの判断からです。

ネット空間は、時間的・場所的な制約が少なくなるために、相手の都合に合わせることなくメッセージを送ることができる利点があります。通常の関係であれば、相手側もまた同様にして返信をして互いの意思を確かめることができます。

ですので同一時刻・同一場所にいなければ意見交換ができない集会形式の討論会にはない議論をが交わせる可能性があり、議論をより深める上で有効な媒体になりうるものです。たとえばその場・その瞬間での反応を求められる集会形式(それはそれで見聞きしている側には大変重要な情報となるのですが)と違って、相手の論点を自分なりに再整理したり、必要なバックデータや補強資料を揃えたりして議論に臨めること、などです。

一方でこの利点は、それを利用できる資源をどれだけ持っているかによって、参加者のあいだに大きな格差あるいは不公平が生じうる因子にもなりえます。端的にいえば、ネット討論のために使える時間、という資源です。

極端な例をあげれば、ネット空間以外での選挙活動や政治活動を一切行わず、ただそれだけに没頭する候補者がいて、ひたすら書き込みを続け、他者からの1の反論や回答に100の再反論や再質問を投げかけ、それをもって自己の優位性や他者の不適格性を証明立てようとすることがあり得ます。

これは現在とりうる最もローコストの選挙参戦方法でしょうし、ネット選挙が広がれば必ずそうした人も増えてきましょう。これは極端な例ですが、ネット討論には多かれ少なかれこのようなリスクが潜んでいます。

リアル空間での討論会でも、公平性・中立性を確保する最低限の条件は、参加者の発言時間を揃えることです。A氏に1時間の発言時間が与えられるが、B氏には10分しかないという討論会は考えることはできません。あるいはマイクを早く握った方、声の大きな方がどんどん話してよい、といった討論会であれば、誰も見向きしなくなるでしょう。

だからこそ共通のルールに則って、それを互いが誠実に履行するなかで展開されることが強く望まれます。テーマ設定と時間ルール(ネット上でいえば字数や回数)は必須と思えますし、できうるならば信頼できる交通整理役が必要です。

貴兄はこのような検討を、時間延ばしだとか、本当はやりたくないことの口実づくりだとかと、言いいがちです。そして自分の要求が100%かなえられなければ自分はもう降りると、広言・公言されます。
これでは実のある結果を残すことはできません。

私は自分の経験から、いまわれわれが議論しているような公開政策討論会や合同演説会を実現することが、いかに難しいかを知っています。針の穴に糸を通すような細心の努力がいることです。ちょっとでも目がかすんだり、手元が狂ったりしただけで成就は遠のきます。

それは選挙戦での討論会というものが、プレゼンテーション能力の妙味を競い合うディベート大会などとは違うものだからです。互いの利害がまっこうから対立していて、最終的には無慈悲な政治上の勝ち負けがつくことにつながることだからです。

いつでも「ちゃぶ台返し」の挙に出てやると広言・公言しながらの協議や交渉は、百害あって一利なしです。新しい政治文化を創り上げたいというのなら、相手の言うことにも耳を傾け、それぞれの立場を尊重しながら、広い度量を発揮して事に臨む事が肝要です。

とはいえ、ネット討論のやり方について議論を交わすことは今後のためにも有意義と思います。前回も申し上げたように、私自身も100%の答えを持っているわけではありません。模索の途上にあるというのが正直なところです。

より良い提案があれば大いに協働していきたいと思います。本件についてはまだ山本氏側からの反応がありません。まずはそれを待ちたいと思います。

さしあたっての最重要事項は8月22、23、24の中で設定されている3者準備協議を軌道に乗せることです。

本メールは山本たくや後援会にもCCで送ります。

穂積 亮次

【8月14日午前6時11分返信(白井から穂積氏へ)】
穂積 亮次様

 返信ありがとうございます。結局、この様なやり取りになり、一番必要な市民への情報提供より、お互いの考え方の違いが前面に出てしまうのですね。なぜ、まず一歩を踏み出すということができないのでしょうか?問題はさらにあります。あなたは、こうやって返信をして頂いていますが、山本氏からは、また音信不通状態です。3人の合意を待っていたら、何もできないことになりそうです。誰のために、市長をめざそうとしているのか見えてきません。

 それでも、返信を頂きましたので、私の考え(→)をお伝えします。

白井倫啓様

 私は当初からネット討論に関しては、共通サイトもしくは信頼のおける第三者あるいは交通整理役のサイト上で、共通ルールを設けたうえでの運営を提案してきました。ネット空間の特性から考えて、そのようにすることが最も適切だとの判断からです。ネット空間は、時間的・場所的な制約が少なくなるために、相手の都合に合わせることなくメッセージを送ることができる利点があります。通常の関係であれば、相手側もまた同様にして返信をして互いの意思を確かめることができます。

 ですので同一時刻・同一場所にいなければ意見交換ができない集会形式の討論会にはない議論をが交わせる可能性があり、議論をより深める上で有効な媒体になりうる ものです。たとえばその場・その瞬間での反応を求められる集会形式(それはそれで見聞きしている側には大変重要な情報となるのですが)と違って、相手の論点を自分なりに再整理したり、必要なバックデータや補強資料を揃えたりして議論に臨めること、などです。

 一方でこの利点は、それを利用できる資源をどれだけ持っているかによって、参加者のあいだに大きな格差あるいは不公平が生じうる因子にもなりえます。端的にいえば、ネット討論のために使える時間、という資源です。極端な例をあげれば、ネット空間以外での選挙活動や政治活動を一切行わず、ただそれだけに没頭する候補者がいて、ひたすら書き込みを続け、他者からの1の反論や回答に100の再反論や再質問を投 げかけ、それをもって自己の優位性や他者の不適格性を証明立てようとすることがあり得ます。

 これは現在とりうる最もローコストの選挙参戦方法でしょうし、ネット選挙が広がれば必ずそうした人も増えてきましょう。これは極端な例ですが、ネット討論には多かれ少なかれこのようなリスクが潜んでいます。リアル空間での討論会でも、公平性・中立性を確保する最低限の条件は、参加者の発言時間を揃えることです。A氏に1時間の発言時間が与えられるが、B氏には10分しかないという討論会は考えることはできません。あるいはマイクを早く握った方、声の大きな方がどんどん話してよい、といった討論会であれば、誰も見向きしなくなるでしょう。

 だからこそ 共通のルールに則って、それを互いが誠実に履行するなかで展開されることが強く望まれます。テーマ設定と時間ルール(ネット上でいえば字数や回数)は必須と思えますし、できうるならば信頼できる交通整理役が必要です。貴兄はこのような検討を、時間延ばしだとか、本当はやりたくないことの口実づくりだとかと、言いいがちです。そして自分の要求が100%かなえられなければ自分はもう降りると、広言・公言されます。
→「自分の要求がかなえられなければ自分が降りる」と言うのは認識が間違っています。あなたが、どうしても山本氏の参加を求めるというのであれば降りると言っただけです。本人の意思を無視して、いくら説得してもかなわないことがあります。そこを無理したら、公開政策討論会自体がなくなってしまう心配をしたためです。「二人からでも始めましょう。それができないのなら、今回の提案は意味をなしませんので降ります」ということでした。

 これでは実のある結果を残すことはできません。私は自分の経験から、いまわれわれが議論しているような公開政策討論会や合同演説会を実現することが、いかに難しいかを知っています。針の穴に糸を通すような細心の努 力がいることです。ちょっとでも目がかすんだり、手元が狂ったりしただけで成就は遠のきます。それは選挙戦での討論会というものが、プレゼンテーション能力の妙味を競い合うディベート大会などとは違うものだからです。

→なぜ難しいかは明らかです。勝ち負けを自分の視点で見ているからです。市民の福祉向上のために政策をぶつけ合おうと考えれば、何も難しいことはありません。勝ち負けは市民にとって必要なことです。新しい政治は、誰が市長になって欲しいというより、何を実行してくれる市長を選ぶという当たり前の姿に戻すことです。
 
 これまでを振り返ってみてください。市民に十分な政策が届いていたでしょうか?市民が何を基準に選んでいたでしょうか?候補者は、何のための勝ち負けと考えていたでしょうか?新しい政治は、予定候補者が自分の持っているものを腹いっぱい市民の前で語ることだけです。そうすれば、人柄さえも見えてくるでしょう。ルールの必要性は、どんな相手が出てくるかわからない時には、絶対条件となります。今回は、市長予定候補者同士の話し合いです。荒唐無稽な議論をするような非常識な人間ではないのです。お互いが、真摯に市民に向き合う姿勢があれば、進め方などの最低限の仕組みがあれば良いのではないでしょうか?
 
 互いの利害がまっこうから対立してい て、最終的には無慈悲な政治上の勝ち負けがつくことにつながることだからです。いつでも「ちゃぶ台返し」の挙に出てやると広言・公言しながらの協議や交渉は、百害あって一利なしです。新しい政治文化を創り上げたいというのなら、相手の言うことにも耳を傾け、それぞれの立場を尊重しながら、広い度量を発揮して事に臨む事が肝要です。
→あなたが心配するようなことがあれば、市民が判断するでしょう。新しい政治文化は、先ず予定候補者の意識改革から始める必要があります。市民への情提供をしっかり行おう、自分の主張はしっかり届けよう、予定候補者間での議論をしっかり行おう、という努力を当たり前にするという文化を予定候補者が持つことから始めれば良いだけです。その前提に、相手の言うことにも耳を傾けるという当たり前のことが必要です。仮にも、市長予定候補者です。それくらいの前提がなければ、市民が判断するでしょう。

 とはいえ、ネット討論のやり方について議論を交わすことは今後のためにも有意義と思います。前回も申し上げたように、私自身も100%の答えを持ってい るわけではありません。模索の途上にあるというのが正直なところです。より良い提案があれば大いに協働していきたいと思います。本件についてはまだ山本氏側からの反応がありません。
→先ず始めることが大切です。やりもしないで議論ばかりしていても何も変わりません。正直、山本氏には市長予定候補者としての資質に疑問を感じます。公開政策討論会をどの様に考えているのか理解ができません。ブログでは、田中角栄の言葉も引用しながら、相変わらず辻立ち、地域周りを繰り返しています。そのやり方も必要と思いますが、せめて、こちら側にも気を配って欲しいものです。新しい政治文化を作ろうと、あなたと一緒に呼びかけても、古い政治文化を良しとする方には、その呼びかけが届いていないようにも感じます。

 まずはそれを待ちたいと思います。さしあたっての最重要事項は8月22、23、24の中で設定されている3者準備協議を軌道に 乗せることです。
→そうするしかありませんが、あなたからも直接、返信対応を呼びかけてください。

本メールは山本たくや後援会にもCCで送ります。

穂積 亮次
posted by 地産池消 at 06:29| 愛知 ☁| Comment(0) | 2017市長選 | 更新情報をチェックする