2017年08月01日

任期4年を振り返りますPart6

 今回は、議員と市長の関係について振り返ります。現在、議会基本条例の見直しの議論を議会改革特別委員会で続けています。この議論の中で、議員と市長の関係、議決責任等が議論されました。

 新人議員と言っても、既に4年間、議員として、様々な議決に関わってきました。「議決責任とは何ですか?」等と質問する議員がいます。「反対した議員は、いつまでも反対すればいいのか?」(山崎、打桐議員)と質問するのです。

 議員のイロハも知らないまま議員を続けてきたことになります。議決責任を理解しないまま、議会活動を続け、議会基本条例の議論の場に立っています。まるで議論になりません。「議員が議決の重みを考えたことがあるだろうか?賛否の決断で幾晩も眠れないことがあったのだろうか?」と議員活動が問われる時代になっているのですが、山崎議員においては、記者活動何十年というしがらみが思考を停止させているかのようです。

 委員会の議論を振り返れば、議決責任の重さを、新城市議会の議員のどれだけが理解しているのかと不安になります。議決責任は、議決した瞬間から、その議決された案件が完結するまで問われるのです。しかし、これまでの議会は、議決した瞬間に全てが終了し、後は行政責任だと考えていたのです。議決の判断も、「反対するわけにもいかないし、まずやってみるか」程度で、議決の判断で悩みぬいたことはほとんどなかったでしょう。

 賛成しても、反対しても議決責任は、いつまでも問われるのです。議会としては、いつまでも問い続け、自分たちの議決結果が正しかったのかを検証し続けなくてはならないのです。「反対したから知らない」ではなく、反対した根拠が正しかったのか?執行状況に市民の理解が得られているのか?よりよくするための改善は考えられないのか?政策自体の変更または廃止を提案した方がいいのか?など、検証をし続けなくてはなりません。

 賛成議員の責任はさらに重いともいえます。政策によっては、多額の税金が使われます。市民の生活にも影響を与えるのです。安易に市長提案に賛成するわけにはいかないはずなのですが、現実は違います。未だに「市長提案ご無理ごもっとも」議員が存在しています。

 「議員間の自由討議」が強調されていますが、この言葉の意味を理解できない議員が存在していますので、「議決責任」の意味を理解することはさらに難しいでしょう。とは言っても、難しい理論ではなく、理解できないまま議員活動を続けている議員が問題だけです。

 「議員間の自由討議」とは、文字通り議員間で自由に討議することですが、どの様な視点で討議するかが要となります。各議員が何の調査も検討もないまま、持論を展開するだけのものは自由討議とは言わないのです。山崎議員のように、何十年前の議会の常識を盾に討議を続けることでは、政策をより豊かにする討議にはならないでしょう。

 「議決責任の重み」を理解できない山崎議員には、議会基本条例の「議員と市長は緊張関係を持つ」との文言を、「緊張関係を突き詰めると対立になるから、あまり強調しない方が良い」となってしまうのです。さらに「対立の先には、あなたが市民を扇動した住民投票になる」などと、あの住民投票を貶める発言を平然と続けるのです。

 山崎議員は、自ら発行した「新城公論」では、住民投票の声が盛り上がり、いよいよ避けられない状況となった時、市長と議会主流派(おそらく、加藤、浅尾議員、白井を除く全議員)が会合を持ち、住民投票を加藤議員、白井との共同提案にする、そしてその交渉者を誰にするかまで決めていたことを、自慢げに公表しました。

 議会が、市民の声を聴くのではなく、市長と内々の打合せをしていたのです。二元代表制がどこかに投げ捨てられていたのです。結果、住民投票で市長、議会にNOが突きつけられ、見直しせざるを得なかったのです。「市民自治」を目指すと議会基本条例でうたっている議会の実態があぶり出され、市民の信頼を大きく損ないました。

 山崎議員は「二元代表制は世界では主流ではない。二元代表制を強調する必要もない」の様な発言もしていました。「二元代表制が主流で無いという根拠は?」と問えば、「資料を持ち合わせていないので、後日説明したい。今言えることは、ヨーロッパでは議院内閣制だから、議員の中から首長が選ばれているということだ」と回答。

 まさに、二元代表制を理解していないことを自ら明らかにしました。議会基本条例見直し前文には、「ともに選挙で選ばれ、市長は独任制の執行機関、議会は合議制の議事機関という特性(この特性が議院内閣制との違いなのです)がある。この特性を活かし二元代表制を自覚し、市民自治社会を目指すこと」をうたっています。さらに議会改革の流れも理解できるように、地方分権の歴史も盛り込んでいます。

 議員は、4年毎の選挙で入れ替わっていきますので、議会改革の理念が継承されない可能性があります。そのために、議会基本条例で議会・議員の活動原則、議会改革の理念を明らかにしています。山崎議員のような議員が選ばれても、議員としての活動の質を下げないために、議員としての守るべき原則を定めているのです。議会改革の理念も明らかにしています。

 「あまり細かく規定すると、議員の解釈を縛ることになる」とも山崎議員は発言をしています。まさに、議会基本条例が、議員が勝手な解釈で議員活動の質を下げることにないように戒めているのです。山崎議員の様に自分流の活動を良しとする議員ばかりになってしまえば、二元代表制が有名無実となります。

 議会基本条例見直し案では、議員と市長は緊張関係を持ち、市民福祉向上のために市長と議会は、対立ではなく、より高い理想を目指し政策競争を行う(善政競争)ことを明らかにしました。議会が、単なるチェック機関だけでなく、政策提案で市長と競争できる組織に脱皮することをめざす段階に立っているのです。

 このことを理解できない議員が、議会改革特別委員会の議論を停滞させています。議会改革の流れをいくら説明しても、それを受け入れたくない議員には、なかなか通じません。委員長が仕切ってくれればいいのですが、言いたい放題を許してしまうので、議論は遅々として進まないのです。発言する議員は限られていますが、発言から判断すると全国の先進議会が進めている議会改革を理解できない議員は、山崎議員を筆頭に柴田、打桐、村田議員、浅尾議員(前向きな部分は理解しますが、木を見て森を見ていないため見当違いの発言が目立つ)です。逆に理解し(不十分と思われる部分もいくらかありますが)発言を繰り返している議員は、小野田、滝川、山口、鈴木達雄議員となります。他の議員は発言が控えめですが、概ね理解が進んでいると信じたいのですが。

 議会改革検討会議が議長に答申した見直し案の合意が、議会改革を理解できない(したくない)議員により、妨げられています。丸山委員長の仕切り方も問題です。基本的な理解不足を指摘し、本人の努力を促さなければ、合意は不可能です。「新城市議会の現状が市民に理解されている」、「現状に問題はない」、「全国の先進議会を学ぶ必要は感じない(新城市議会は独自で判断すれば良い)」と強弁できる議員には、議会改革は必要ないのです。

 議会改革が必要と考えない議員に、議会改革を求めることは、水を飲みたくない馬に無理やり水を飲ませるような行為の様にも思えます。現在の委員会の議論の非生産性に怒りさえ感じます。現職のほとんどが次に立候補を考えているようです。4年間の実績で判断して欲しいと切に願います。そのために、具体的な議員名を挙げています。



新城市議会基本条例見直し案最終成案.pdf
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2017年07月25日

任期4年を振り返りますPart5

 今回は、産廃問題について振り返ります。今期4年は、南部企業団地への㈱タナカ興業の進出で南部地区が大きく揺れました。H25年11月に現市議会の任期が始まりました。既にその半年以上前のH25年4月には、㈱タナカ興業が㈱ケンメイ跡地を落札していました。

 新人議員は、議員になって初めて産廃問題を認識しました。当然、僕も議員になって初めてこの問題を知ることになりました。新議会の活動が始まるとともに、南部地区を中心とした住民から心配の声が表面化し、説明を求める流れが大きくなりました。年を明けて、㈱タナカ興業からの説明会が黒田地区で行われましたが、続いて予定されていた一鍬田地区の説明会は、住民の中から説明会は受け入れないとの声で、急きょ中止されました。

 情報がないため、地区住民の不安は増幅され、「操業絶対禁止」「猛烈な悪臭を発生する企業が来る」「一度産廃進出を許せば、新城市が産廃銀座になる」「話し合いを持つことは操業を認めること」など大反対運動につながっていきました。

 僕は、当初から事実に基づいた対応が必要と考え、事実確認を始めました。対応を検討していた住民組織の会議にも度々出かけ、住民の方の議論に参加していました。しかし、明確に「進出反対」を主張するにつれて、住民と僕の距離が開いていきました。「話し合い=操業容認」(進出反対を主張する住民組織)と「事実に基づく解決のため、㈱タナカ興業と話し合うべき」(僕の主張)と主張の違いが明確になりました。

 それでも、放置していたわけではなく、経済建設委員会を中心に㈱タナカ興業問題を継続して取り組みました。㈱タナカ興業の社長からの委員会での説明会実施、㈱タナカ興業の細谷工場の視察、㈱タナカ興業の発酵肥料の施肥現場の視察、施肥後の作物の生育状況の確認、「新城の環境を考える市民の会(以下、市民の会)」が発酵肥料を不法投棄していると指摘した畑の調査とその畑の栽培者への聞き取り調査、市民の会の代表者(山本拓哉氏)からの聞き取り、施肥条例の提案、委員会としての調査・活動報告(産廃対策会議、議会としての報告会の場での報告)などを行ってきました。

 市民の会が行った土壌分析では、法を無視した勝手な検査方法であることが明確であったわけですが、中日新聞が飛びつき「ヒ素を検出」との大誤報(他の新聞は取り扱いせず。愛知県、田原市、施肥農家自身の検査では基準以下を確認)を発信。これが、住民の不安を拡大し、㈱タナカ興業問題をややこしくしていきました。ますます、「話し合い」を遠ざけ、「進出反対」が鮮明になっていきました。経済建設委員会の場に市民の会代表の山本拓哉氏に出席を求め、法に基づかない検出方法であったことを確認しています。

 愛知県の操業許可が下りてからの操業による臭いの発生については、苦情に基づいた対応、市の臭気測定なども定期的に繰り返してきましたが、違法な状態は確認されていません。産廃対策会議で求めた環境保全協定も合意が得られず、㈱タナカ興業の操業は、法律違反がない限り、継続されていきます。住民は、いつまでも不安が解消できない状況となっています。弁護士に相談をしているようですが、「継続的な調査が必要」が解決策ということでしょうか。

 不安を和らげる方法は、僕が当初から主張してきた、㈱タナカ興業との話し合い、つまり環境保全協定の締結が一つだと考えています。お互いが話し合いの場に着くことができれば、臭いの解決のための協力関係も不可能ではありません。これまで様々な問題において、住民と企業との協力(住民の苦情解決のために企業が努力する)による、技術向上も解決の一助になっていると思います。今回の下水道汚泥・食料品残さの有効活用は、循環型社会の実験でもあります。無理な事業かどうかの見極めのためにも、まず話し合いのテーブルに住民、企業、行政が着く事が必要だと考えています。最初からの考えですが。

 ㈱タナカ興業の発酵肥料=産廃=悪と簡単にくくるべきではないと考えてきました。㈱タナカ興業は、法律の範囲で操業を続けています。㈱タナカ興業=悪と決めつけては、現在の状況は何も変わらないでしょう。市長は、「進出反対」を唱えてきた市民の会とは、正式に話し合いを持つことはありませんでした。市長は、住民と㈱タナカ興業との話し合いを粘り強く働きかけることもありませんでした。そのため、南部の行政区役員は、自ら矢面に立たざるを得なくなり、大変な苦労を経験することになりました。市長の責任放棄だったと考えています。

 市民の会の代表である山本拓哉氏は、次期市長選に出馬表明しています。これまで何回も指摘してきましたが、山本氏の反対運動は、市民の立場であったから許されてしまったようなものでしたが、市長という公の立場では到底許されないものでした。法に基づかない検査でのヒ素問題発信、法律違反を犯していない私企業を名指しで非難、解決策を示さないままでの反対運動の継続など、無責任な行動であったと考えています。

 「あなたが市長であったら、どの様に解決したのか?」と、早く聞いてみたいものです。議員の立場も鮮明になりました。新城市議会で山本氏と同調する言動を行ってきたのが浅尾議員です。次期市議選に二人目の日本共産党候補として立候補を目指している、川合守氏も同様な主張を繰り返してきました。自分が納得できないからと言って、一私企業を法律違反の根拠も示さないまま反対運動を続けることは、「市民の声」のはき違えとも言えます。

 ㈱タナカ興業問題から議員を評価します。議会としての動きは十分とは言えませんが、経済建設委員会が組織的に関わってきました。前期委員長は滝川議員でした。滝川議員は、「新城市の田畑が産廃肥料の不法投棄場所になる」との心配に応えて、住民の声をくみ取り施肥条例づくりに努力し、農業生産に必要以上の施肥とならないための防止条項を規定しました。

 後期委員長は山口議員でした。滝川議員の時と同様に、問題発生があれば委員会内での討議に心がけながら、㈱タナカ興業問題を継続して監視してきました。議員の中で、以上2人が評価に値する役割を果たしてきたと考えています。逆に浅尾議員は、一般質問での取り上げ回数が議員内ではトップでしたが、解決策を提案できないまま、市政批判を繰り返してきただけと言えます(自分が市長だったらどうするのか?)。他の議員では、㈱タナカ興業問題が浮上してきた当初、小野田議員が若い女性との交流(現在のママの会の方たち)を続けていましたが、後半は考え方の違いからそれらの方と離れ具体的な関与はできていません。

 また、中西議員は、度々一般質問で取り上げていましたが、住民の声を代弁する程度で、解決策を提案することはありませんでした。他の議員にとっては、「対岸の火事」程度であったように思います。ただ、今年度4月から委員会所管が変わり、㈱タナカ興業問題は厚生文教委員会に移りました。議会報告会で、今後について住民から質問された山崎厚生文教委員長は、「所管がかわったばかり。すべては白紙から始まる」と、自らの考え方を示すことは出来ませんでした。どうも、山崎議員の無責任ぶりが気になります。

 ㈱タナカ興業が新城で動き始めて約5年もの間、㈱タナカ興業問題を解決できなかった要因に、市長・議会自身が解決しようという意思を示さなかったことがあります。市民の会が何をやろうと、直接の関与を避けるかのように、傍観していただけでした。僕は、少しでも早期解決のためにと考え、委員会活動にも積極的に関わり、市民の会の代表山本拓哉氏には何回も苦言を呈し、公開での話し合い(山本氏が拒否)も提案してきました。市民の会からは、「産廃容認議員」と言われていましたが、議員として傍観者であってはならないという信念で、筋を曲げず主張を続けてきました。
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2017年07月20日

任期4年を振り返りますPart4

 今回は、議会改革について振り返ります。議会改革は、最後の最後まで議員の質をあぶり出し続けています。今議会の最後の大仕事が、議会基本条例の見直しのはずでしたが、行きつくところがみえてきません。

 現在は議会改革特別委員会(以下、特別委員会。委員は議長を除く全員)で議論を続けていますが、せっかく作った議会改革検討会議(委員10名)の見直し案が宙に浮きそうな雲行きとなってきました。予定では、7月中に議会基本条例の見直し案をまとめ、8月には市民説明会、パブリックコメントまで行い、その上で最終案を確定し、9月議会に提案することになっていました。

 検討会議で見直し案がまとめられ、6月27日には山梨学院大学法学部教授の江藤教授から見直し案の評価を頂きました。その評価は、「新城市議会の基本条例案を読んだ。最先端の事例が盛り込まれている。豊富な材料を基礎に、よく検討したことがわかる。敬意を表する」というものでした。

 この段階で、10名の委員でまとめた案で、保留にされた部分を議論すれば良かったものを、なぜか「現条例の評価を一条づつ行う」という方向を示したのです。江藤先生の「現条例の検証の経過を知りたい」という文言を基に(誰が指示したのかわかりませんが)、議論を最初に戻してしまいました。

 検討会議で現基本条例の問題点を認識したから、見直しを行ったのですから、「現条例の検証の経過」は検討会議の議事録を示せば良かっただけです。検討会議に傍聴を来なかった山崎議員が、先頭になって「何で変える必要があるのか。現基本条例で問題なし」と持論を展開し、特別委員会をかき回しています。それを制止できない丸山委員長の責任も大きいと考えています。

 前向きな議論であれば歓迎ですが、「基本条例を変えたいのは白井議員だ。あなたの思い通りに進ませるのはおかしい」という発言にみられるように、僕に対しての敵意をむき出しにしています。なぜか血迷っています。他にも「住民とともに歩み行動する議会というのは、住民投票、リコールを想定しているとしか考えられない」「議員が賛成、反対に分かれることがあるのに、どうやって議決責任をとるのか?」「東三河では新城市議会は進んでいる。他自治体との連携を考えれば、新城市議会だけが議会改革を先走るべきではない」「記者として何十年も議会をみてきた。新城市議会はこのままで問題ない」など、何としても議会改革(白井が主導をとっていると思い込み)を進ませないという意思を明らかにしているように感じます。

 それに同調するのが、新城同志会のメンバーである柴田・打桐・村田議員たちです。柴田・村田議員は、検討会議のメンバーであるにも関わらず、検討会議の見直し案に批判を繰り返しています。残念なことに、浅尾議員が、悪意はないとは思いますが、議会基本条例の必要性の認識が不十分なため、見当違いの発言(市民の声を聴くというのはどういうことなのか?どの市民の声を聴くということか?など)を繰り返し、会議時間を長引かせています。

 特別委員会は7月20日で9回目の会議を終えました。現基本条例の検証は、未だ7条(全26条)です。今のまま議論を続けていけば、相当な時間が必要です。何のための議会改革かを理解しようとしない議員が、まともな議論を遠ざけていきます。

 江藤先生も「議会改革をやりたくない議員はいる。普通であれば変えたくないものだ。今までの議会を変えたい人が魂を入れなければまともな議会改革はできない」と言われていました。議会改革の難しさは、議会改革をやりたくない議員の存在です。

 「9月議会に間に合うように覚悟を決めた」と言明していた特別委員会委員長の丸山議員は、「検討会議の進め方が問題だった」と責任回避ともとれる発言をしています。丸山議員も、検討会議のメンバーでした。多くの議員の無責任発言が、議員の質を示しています。最後になって、議員の立ち位置が良く見えています。

 特別委員会で前向きな発言は、滝川・小野田議員。それに続くのが順に、鈴木達雄・山口・加藤・菊池議員です。最低は、山崎議員です。長年の新聞記者生活で染みついた遅れた議会認識が、現在の議会改革の理解を妨げているように思います。議会改革で問題議員は、新城同志会のメンバーです。何のための議員か、その存在価値が問われていますが、本人たちにはその意識はないようです。

 市民福祉向上のために、議会改革を進めなければなりません。その目的が共有できれば、先進議会の取組を参考に、新城市議会の不十分さが簡単に把握できます。山崎議員の様に、東三河の各議会との比較しかできない議員では、いつまでも自分の立ち位置を客観的に評価できないでしょう。次期議員に立候補を予定しているようですが、議会改革にこれほど後ろ向きで、何のために議員になろうとするのか、僕にはわかりません。現議会で、市民福祉向上のために議員になろうとしている議員は、半分程度と考えています。新城同志会のメンバーは、明確に疑問符が付く議員集団です。

 新城市において、財政的に考えれば、すぐに危機的な将来がみえてきます。議会改革は、その危機感を認識した議員でなければ、最後まで踏ん張れないでしょう。自分のためだけで議員を目指している議員には、いつまでも議会改革の必要性さえ届かないかもしれません。今度の市長選・市議選は、新城市の近い将来の危機を回避するための選択選挙だと考えています。市民福祉向上のための志を持った候補者を期待しています。
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2017年07月16日

任期4年を振り返りますPart3

久しぶりに「任期4年を振り返ります」に戻ります。今回は、世間を騒がせた「新城市議会の議員のブログ規制」についてです。発端は、長田議員の穴のあいたコンドーム発言(平成26年6月議会、6/18一般質問)からでした。長田発言は、全国放送にもなり、新城市議会全体が怪しい目で見られる事件となりました。現在、議事録は伏字になっています。

 本会議最終日の閉会前に、「先の一般質問の発言の中で、不穏当と思われる部分があった場合には、議長において録音テープ等を調査の上、措置したいと思いますのでお願いをいたしたいと思います」と夏目議長が議員に同意を求めていました。長田発言は、議員間で問題発言と認識され、議長に対応が求められていました。

 閉会後、議会としては、従来のように、不穏当発言(長田発言)を議長、議会運営委員会、本人の確認の上、削除する(伏字にする)方向で進んでいましたが、約1ヵ月を経た7月14日に突然、浅尾議員がブログで長田発言を議長に対応を求めるという内容をアップしました。これに新聞が飛びつき、市内外の人が知ることになりました。まるで、議会が長田問題を隠蔽していたかのような状況となりました。

 議会では、全員協議会を開催し、①長田問題、②長田問題を引き起こした議会活動の問題と議会改革、③議員の情報発信の在り方の3点を議題としました。議会の結論として、長田問題は、長田個人だけではなく、議会全体の問題だったことを認識し、その上で、長田問題は、①進退は本人の判断にまかせる、②結論は政治倫理審査会で検討が必要、と結論をもちました。

 長田問題を引き起こした議会活動の問題と議会改革では、不穏当発言の処理方法(対応の迅速方法、削除の是非、全議員への対応方法の周知方法など)、議会運営委員会の議事内容の議員への伝達方法など議会改革の必要性が語られ、その対応が議会運営委員会に委ねられました。

 3点目の議論「情報発信の在り方」が、中日新聞記者の餌食にされました。議論では、「議員のブログ発信規制」等を決めたわけでもないのに、中日新聞記者は、「新城市議会、ルールをつくる」と報道(7/24付朝刊)しました。議会の対応の経過の中で明らかになりましたが、浅尾議員はその現状が確認できる時間がありながらも、いきなりの議長の申し入れをブログ発信したことへの疑問が議員から出されました。

 ブログ発信がマスコミを騒がし、今回の様に新城市議会への誤解を広げることがあるのです。事実確認をしないままのブログ発信は、議員個人の責任を超える場合があることを考えると、「事実確認の重要性」の認識を共有することが必要という点において、「議員の情報発信の在り方」を議論しただけでした。

 中日新聞の記事が事実を捻じ曲げていると記者本人に、個人的に抗議しましたが、「問題があると思うのなら、あなたのブログを使うなどで抗議すればいい」と取り合わないため、以後は僕のブログで、中日新聞への抗議を繰り返しました。

 それから1ヵ月ほど経った8月22日 付の中日新聞は、「議員の発信制限見送り」と報道しました。夏目勝吾議長の「ルール作りは行き過ぎた部分があった。議員個々のモラルや見識に委ね、発信を制限することはしない」とのコメントも載せていました。夏目議長に記事のコメントの有無を確認しましたが、「そんなことは言っていない」とのことでした。発言をつぎはぎしながら、自分の都合の良いように組み立てた自作自演の記事を中日新聞記者が書いたと考えています。

 最初の記事「新城市議会がブログ規制」の時、「事実でない」と認識しながら議会としては、何の抗議もしませんでした。長田問題も、マスコミが騒ぎ始めた時、毅然とした態度(隠蔽してはいない。明確な態度をとっている)をとっていれば、議会への風当たりも大きく違っていたと思います。全てが後手後手に回り、傷口を自らが広げていたのです。

 浅尾議員への態度、マスコミへの態度が曖昧過ぎました。間違っていることは、議会として正すべきです。「一応言いました。後のことは知りません」では、何も変わりません。どうも議会としての覚悟がみえない4年間でした。結局、長田問題は政治倫理審査会に委ねられ、議会としての結論を持ちました。

 「ヤジのよう な不規則発言でなく、議事運営の妨害や混乱はない。文脈から見ても、特定の誰かに向けた発言でもなく、人権侵害、名誉毀損や侮辱、プライバシーの暴露など特定の誰かに具体的な害を与えていない」

 「長田議員は、謝罪の意思を示している上、議員としての今後の活動を含め有権者に判断が委ねられ、本人は逃げ場のない反省の場に立たされている」

 「また、本件発言内容が報道等で拡がり、市議会の品位が疑われ、新城市および新城 市民の名誉が損なわれたことは非常に残念ではあるが、これは発言自体によるものだけでなく、市議会運営の問題、報道のあり方など、二次的な影響も無視できない」

 以上の判断を踏まえ、審査会からの所見が示されました。①長田議員に対し、市民全体の代表者としての自覚と自省及び将来に渡り品位 を保ち、議員としての職責を果たしていくことへの表明を求めるべきである、②本事案を真摯に振り返り、議会全体としての責任を認識し、市民全体の代表 として市民に信頼される公正で民主的な市政の発展に寄与するため、新城市議会基本条例に基づき、広く市民の意見を求め、更なる議会改革を進めるべきである、ということでした。

 長田問題は、議会全体の教訓となりませんでした。議員個人としては、「無責任な行動が議会そのものに影響を及ぼすことを自覚し、真摯な議員活動を行う」、議会としては、「さらなる議会改革が徹底し、市民の信頼回復に議会全体で努める」ことを結論したはずでしたが、長田問題は「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で終わりました。

 以降も市民が疑問を抱くような事例が続きました。議員の無責任な行動、議会の中途半端な対応は続きました。

 庁舎建設問題では、市長提案に対して追随するだけで、議会として自ら市民の思いを把握する行動は皆無で、結局は、住民投票が求められることになりました。「市民が主人公」と言いながら、住民投票が求められ、市民と議会の認識の乖離を埋めることはできていませんでした。

 市長リコールで、正確な情報提供に努力せず、法で保障された市長リコールを進める市民を「民主主義の破壊者」と決めつけた山崎議員を放置しました。僕が、「議員としての行き過ぎた行動を議会として、正すべき」と求めても、議長も議会も何の行動も起こしませんでした。

 そのため、加藤議員とともに政治倫理審査会設置を求め、設置されました。山崎議員が、この倫理審査会に協力しないため、倫理審査会は審査を継続することができませんでした。山崎議員の行動は、「市民に抱かれた疑念は、自ら晴らす」努力を明記した政治倫理条例違反と言えます。市民から「人権違反」として告訴されても、謝罪の意思は示されず、議会として放置を続けています。

 打桐議員の妻の会社との関係が、政治倫理条例違反と倫理審査会で判断され、議会でも倫理審査会の判断が議決されました。その議決に基づいた行動を打桐議員が果たしているかが曖昧な状態を考えれば、議会としては市民への説明責任を果たしているとはいえません。

 山崎議員、打桐議員問題は、先に6月議会でも、「本人任せにせず、議会としての対応を求める」という動議を加藤、浅尾議員、白井の3人で提案しましたが、賛成者少数(賛成は、加藤、浅尾、菊池、山口議員、白井の5人)で否決されました。「議会としては判断した。後は本人の自覚。最終的には市民が判断する」という賛成でお茶を濁しました。

 この様な対応が、市民からの信頼が得られない要因です。「なぜ、議会として最後まで努力してくれないの?」となれば、議会は不要です。市政へのあきらめを助長するだけでしょう。

 加藤議員、白井も山崎議員等のグループから、倫理審査会が求められ、設置されました。「市長リコールで市民を扇動した」を主な請求理由としていました。この理由は、まさに長田問題で有識者から戒められた「倫理条例は議員の活動を縛るものではない。議員活動は最大限尊重されなければならない」という点を無視した行動でした。

 市長リコールは、市民とともに市長の政治姿勢を問うた議員活動でした。市長に異を問うような行動が、許せないと思ったのでしょうか?ここに山崎議員たちの民主主義の無理解が表れています。倫理審査会の結論は、「請求理由に、条例違反は認められない」でした。

 議会内に倫理審査会の乱発という声がありましたが、長田問題の結論を理解していれば、乱発は防げていたはずです。柴田議員(とそのグループ)は、議会改革検討会議などで「議会が批判合戦をしている」との認識を示し、政治倫理条例批判を繰り返していますが、条例を理解しようとしていないことは明らかです。「政争にするな」と言っていた本人たちが、倫理審査会を政争に利用していたことがわからないのです。

 柴田議員は、12月議会で、打桐議員に対して、倫理審査会の勧告に基づいた議決を求める議案の反対討論で、荒唐無稽な私見を繰り返し、議長の制止を何回も受けながらも発言を続けたため、議会が中断することがありました。その後の全員協議会で「発言のどこが問題というのではなく、発言全体が問題」と多くの議員が指摘しました。

 それにも関わらず、簡単な謝罪(謝罪した内容は、議長の制止を無視したことのみ、発言の内容の問題点には踏み込まず)で、懲罰動議の声を聞き入れることもなく、議会としての対応は終わりました。この議会では、浅尾議員の一般質問が、打桐議員の妻の会社への不当な指摘があるとの理由で、議会運営委員会のメンバーで懲罰動議が出され可決し、浅尾議員への謝罪を求めていました。

 浅尾議員の対応では、本人には何の確認もなく、いきなりの懲罰動議を出す議会が、柴田議員には中途半端な対応しかできません。浅尾議員からは、議員活動の未熟さに対しての謝罪(懲罰動議提出の問題はありましたが)がありましたが、柴田議員は現在においても、問題発言を正当化する発言を繰り返しています。倫理条例を理解できないままの議員活動を、議会は放置し続けているのです。

 以上の他にも、いくら問題を投げかけても、中途半端な対応が目立った新城市議会でした。議員であっても、何ともならないことが度々あるのですから、市民の歯がゆい思いは容易に想像できます。市民がいくら言っても「問題ない」「議会としては対応しない。本人の問題」などと、説明責任を果たさなければ、市民から見放されてしまいます。

 世間を騒がせた「議員のブログ規制」「長田発言」から振り返りましたが、その後も同様なことが繰り返されており、現在においても議会の対応の問題は解決できていません。市民への説明責任の視点が弱く、多くは「赤信号みんなで渡れば怖くない」と安易な幕引きをしてしまうのです。

 今回の視点での議員の評価についてです。問題議員は、条例を理解しようとしない山崎議員、柴田議員、その議員を指導できない下江議長と中西議員。問題議員を正せない議会責任から考えれば、多くの議員は50歩100歩(敢えて言えば、加藤議員はこれらの問題点に声を挙げた点で一歩リードか)。自分に甘く、他者に厳しいでは、議会全体の質は上がりません。自分流の活動が当たり前では、いつまでも「チーム新城市議会」には到達できません。やっぱり、議会基本条例で当たり前の活動の理念を共有し、議会・議員としての当たり前の活動を明記するしかないと思います。
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