2017年08月25日

任期4年を振り返りますPart7

今回は、一般質問について振り返ります。一般質問は、議員が持つ年4回の定例会において、市長に質問できる権利です。10数年前は、一般質問の回数が議員により大きく違っていました。議員の中には、任期4年間で一度も一般質問しなかった議員がいました。選挙前に配られた一般質問の各議員の回数で、議員が評価され、一度も質問しなかった議員は、相当のマイナス点を市民から付けられたものでした。

 今期4年間をみるとその様な議員はいません。各議員の質問回数を拾ってみると、毎回質問(15回)が、山崎、山口、白井、鈴木眞澄、滝川、加藤、浅尾、柴田議員。14回質問が、小野田、丸山議員。13回質問が、鈴木達雄議員。11回質問が中西、長田議員。9回質問が打桐、村田議員。8回質問が下江議員(議長のため後半2年間は質問不可)。4回質問が菊池議員。

 質問回数は参考にしても、議員評価の大きな決め手にはなりません。元々、一番の評価は、質問の質ではあるのですが。一般質問について議会基本条例見直し案で強調しているのは、「議員は、一般質問に当たっては、目的を十分認識し、単に市長への質問に終始することなく、政策提言等の討議を中心に行う」ということです。

 「目的を十分認識し」ですが、このことを理解できている議員がどれだけいるか?です。「質問」することが目的の議員が存在します。それらの議員は、お伺い質問(わからないから聞いてみるだけ)の傾向が強く出ています。その様な質問なら、担当課に聞けば解決できるでしょう、というレベルの質問です。

 「目的」は、市長との政策競争にあると考えています。担当課でいくら議論しても解決できない課題、つまり市長の判断がなければ担当課では回答できない課題こそ、一般質問の目的であるべきです。そのことを「単に市長への質問に終始することなく、政策提言等の討議を中心に行う」としています。

 この視点で議員の質問を評価すると、ほとんどの議員が「政策提言」に結びついていません。加藤・浅尾議員が、政策の問題点を指摘・批判をする数少ない議員であるものの、政策提言まで深めることができていません。小野田議員は、子育て、教育分野を継続的に調査し(どの議員よりも時間をかけていると判断しています)質問に結び付けているものの、政策提案にまで至っていません(自分の主張がまだ不明確)。

 滝川議員は、論理的な質問を組み立てていますが、評論家的な域を出ず、市長との政策競争という点からみれば物足りない印象です。他の議員においては、特別な印象が残っていませんが、十分な調査の上で、質問を組み立てているとは言えません。

 山梨大学の江藤先生から、「一般質問の反省会は行っているか?」との質問がありました。一般質問を政策サイクルにどの様に活かすかの視点からの質問でした。これまでは、その場限りで終わり、各議員の一般質問を評価することはできていません。当然、各議員の質問の中から今後の政策につなげる議論は行われていません。

 一般質問は丸2日間を使います。ただ、スケジュールの消化の視点だけでは、余りにも無駄だと考えています。今後、議会改革の中では、一般質問の位置づけを高め、議員個人の一般質問を議会の政策提案にどの様に結びつけるかの視点を持つべきだと考えます。市長も、議会まかせではなく、自らの政策を練り上げるための討論の場として重視すべきです。

 一般質問から見える議会の問題点を指摘しました。ただ、お伺いするだけの質問が改められないのであれば、一般質問の有無も含めて検討すべきだと考えます。一般質問は、ティーズ放映されています。市民が見ているのです。「市民自治社会」を目指す議会が、質問の質を高めることができなければ、市民自治も高まらないでしょう。



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2017年08月01日

任期4年を振り返りますPart6

 今回は、議員と市長の関係について振り返ります。現在、議会基本条例の見直しの議論を議会改革特別委員会で続けています。この議論の中で、議員と市長の関係、議決責任等が議論されました。

 新人議員と言っても、既に4年間、議員として、様々な議決に関わってきました。「議決責任とは何ですか?」等と質問する議員がいます。「反対した議員は、いつまでも反対すればいいのか?」(山崎、打桐議員)と質問するのです。

 議員のイロハも知らないまま議員を続けてきたことになります。議決責任を理解しないまま、議会活動を続け、議会基本条例の議論の場に立っています。まるで議論になりません。「議員が議決の重みを考えたことがあるだろうか?賛否の決断で幾晩も眠れないことがあったのだろうか?」と議員活動が問われる時代になっているのですが、山崎議員においては、記者活動何十年というしがらみが思考を停止させているかのようです。

 委員会の議論を振り返れば、議決責任の重さを、新城市議会の議員のどれだけが理解しているのかと不安になります。議決責任は、議決した瞬間から、その議決された案件が完結するまで問われるのです。しかし、これまでの議会は、議決した瞬間に全てが終了し、後は行政責任だと考えていたのです。議決の判断も、「反対するわけにもいかないし、まずやってみるか」程度で、議決の判断で悩みぬいたことはほとんどなかったでしょう。

 賛成しても、反対しても議決責任は、いつまでも問われるのです。議会としては、いつまでも問い続け、自分たちの議決結果が正しかったのかを検証し続けなくてはならないのです。「反対したから知らない」ではなく、反対した根拠が正しかったのか?執行状況に市民の理解が得られているのか?よりよくするための改善は考えられないのか?政策自体の変更または廃止を提案した方がいいのか?など、検証をし続けなくてはなりません。

 賛成議員の責任はさらに重いともいえます。政策によっては、多額の税金が使われます。市民の生活にも影響を与えるのです。安易に市長提案に賛成するわけにはいかないはずなのですが、現実は違います。未だに「市長提案ご無理ごもっとも」議員が存在しています。

 「議員間の自由討議」が強調されていますが、この言葉の意味を理解できない議員が存在していますので、「議決責任」の意味を理解することはさらに難しいでしょう。とは言っても、難しい理論ではなく、理解できないまま議員活動を続けている議員が問題だけです。

 「議員間の自由討議」とは、文字通り議員間で自由に討議することですが、どの様な視点で討議するかが要となります。各議員が何の調査も検討もないまま、持論を展開するだけのものは自由討議とは言わないのです。山崎議員のように、何十年前の議会の常識を盾に討議を続けることでは、政策をより豊かにする討議にはならないでしょう。

 「議決責任の重み」を理解できない山崎議員には、議会基本条例の「議員と市長は緊張関係を持つ」との文言を、「緊張関係を突き詰めると対立になるから、あまり強調しない方が良い」となってしまうのです。さらに「対立の先には、あなたが市民を扇動した住民投票になる」などと、あの住民投票を貶める発言を平然と続けるのです。

 山崎議員は、自ら発行した「新城公論」では、住民投票の声が盛り上がり、いよいよ避けられない状況となった時、市長と議会主流派(おそらく、加藤、浅尾議員、白井を除く全議員)が会合を持ち、住民投票を加藤議員、白井との共同提案にする、そしてその交渉者を誰にするかまで決めていたことを、自慢げに公表しました。

 議会が、市民の声を聴くのではなく、市長と内々の打合せをしていたのです。二元代表制がどこかに投げ捨てられていたのです。結果、住民投票で市長、議会にNOが突きつけられ、見直しせざるを得なかったのです。「市民自治」を目指すと議会基本条例でうたっている議会の実態があぶり出され、市民の信頼を大きく損ないました。

 山崎議員は「二元代表制は世界では主流ではない。二元代表制を強調する必要もない」の様な発言もしていました。「二元代表制が主流で無いという根拠は?」と問えば、「資料を持ち合わせていないので、後日説明したい。今言えることは、ヨーロッパでは議院内閣制だから、議員の中から首長が選ばれているということだ」と回答。

 まさに、二元代表制を理解していないことを自ら明らかにしました。議会基本条例見直し前文には、「ともに選挙で選ばれ、市長は独任制の執行機関、議会は合議制の議事機関という特性(この特性が議院内閣制との違いなのです)がある。この特性を活かし二元代表制を自覚し、市民自治社会を目指すこと」をうたっています。さらに議会改革の流れも理解できるように、地方分権の歴史も盛り込んでいます。

 議員は、4年毎の選挙で入れ替わっていきますので、議会改革の理念が継承されない可能性があります。そのために、議会基本条例で議会・議員の活動原則、議会改革の理念を明らかにしています。山崎議員のような議員が選ばれても、議員としての活動の質を下げないために、議員としての守るべき原則を定めているのです。議会改革の理念も明らかにしています。

 「あまり細かく規定すると、議員の解釈を縛ることになる」とも山崎議員は発言をしています。まさに、議会基本条例が、議員が勝手な解釈で議員活動の質を下げることにないように戒めているのです。山崎議員の様に自分流の活動を良しとする議員ばかりになってしまえば、二元代表制が有名無実となります。

 議会基本条例見直し案では、議員と市長は緊張関係を持ち、市民福祉向上のために市長と議会は、対立ではなく、より高い理想を目指し政策競争を行う(善政競争)ことを明らかにしました。議会が、単なるチェック機関だけでなく、政策提案で市長と競争できる組織に脱皮することをめざす段階に立っているのです。

 このことを理解できない議員が、議会改革特別委員会の議論を停滞させています。議会改革の流れをいくら説明しても、それを受け入れたくない議員には、なかなか通じません。委員長が仕切ってくれればいいのですが、言いたい放題を許してしまうので、議論は遅々として進まないのです。発言する議員は限られていますが、発言から判断すると全国の先進議会が進めている議会改革を理解できない議員は、山崎議員を筆頭に柴田、打桐、村田議員、浅尾議員(前向きな部分は理解しますが、木を見て森を見ていないため見当違いの発言が目立つ)です。逆に理解し(不十分と思われる部分もいくらかありますが)発言を繰り返している議員は、小野田、滝川、山口、鈴木達雄議員となります。他の議員は発言が控えめですが、概ね理解が進んでいると信じたいのですが。

 議会改革検討会議が議長に答申した見直し案の合意が、議会改革を理解できない(したくない)議員により、妨げられています。丸山委員長の仕切り方も問題です。基本的な理解不足を指摘し、本人の努力を促さなければ、合意は不可能です。「新城市議会の現状が市民に理解されている」、「現状に問題はない」、「全国の先進議会を学ぶ必要は感じない(新城市議会は独自で判断すれば良い)」と強弁できる議員には、議会改革は必要ないのです。

 議会改革が必要と考えない議員に、議会改革を求めることは、水を飲みたくない馬に無理やり水を飲ませるような行為の様にも思えます。現在の委員会の議論の非生産性に怒りさえ感じます。現職のほとんどが次に立候補を考えているようです。4年間の実績で判断して欲しいと切に願います。そのために、具体的な議員名を挙げています。



新城市議会基本条例見直し案最終成案.pdf
posted by 地産池消 at 20:35| 愛知 ☁| Comment(0) | 市議会の出来事 | 更新情報をチェックする

2017年07月25日

任期4年を振り返りますPart5

 今回は、産廃問題について振り返ります。今期4年は、南部企業団地への㈱タナカ興業の進出で南部地区が大きく揺れました。H25年11月に現市議会の任期が始まりました。既にその半年以上前のH25年4月には、㈱タナカ興業が㈱ケンメイ跡地を落札していました。

 新人議員は、議員になって初めて産廃問題を認識しました。当然、僕も議員になって初めてこの問題を知ることになりました。新議会の活動が始まるとともに、南部地区を中心とした住民から心配の声が表面化し、説明を求める流れが大きくなりました。年を明けて、㈱タナカ興業からの説明会が黒田地区で行われましたが、続いて予定されていた一鍬田地区の説明会は、住民の中から説明会は受け入れないとの声で、急きょ中止されました。

 情報がないため、地区住民の不安は増幅され、「操業絶対禁止」「猛烈な悪臭を発生する企業が来る」「一度産廃進出を許せば、新城市が産廃銀座になる」「話し合いを持つことは操業を認めること」など大反対運動につながっていきました。

 僕は、当初から事実に基づいた対応が必要と考え、事実確認を始めました。対応を検討していた住民組織の会議にも度々出かけ、住民の方の議論に参加していました。しかし、明確に「進出反対」を主張するにつれて、住民と僕の距離が開いていきました。「話し合い=操業容認」(進出反対を主張する住民組織)と「事実に基づく解決のため、㈱タナカ興業と話し合うべき」(僕の主張)と主張の違いが明確になりました。

 それでも、放置していたわけではなく、経済建設委員会を中心に㈱タナカ興業問題を継続して取り組みました。㈱タナカ興業の社長からの委員会での説明会実施、㈱タナカ興業の細谷工場の視察、㈱タナカ興業の発酵肥料の施肥現場の視察、施肥後の作物の生育状況の確認、「新城の環境を考える市民の会(以下、市民の会)」が発酵肥料を不法投棄していると指摘した畑の調査とその畑の栽培者への聞き取り調査、市民の会の代表者(山本拓哉氏)からの聞き取り、施肥条例の提案、委員会としての調査・活動報告(産廃対策会議、議会としての報告会の場での報告)などを行ってきました。

 市民の会が行った土壌分析では、法を無視した勝手な検査方法であることが明確であったわけですが、中日新聞が飛びつき「ヒ素を検出」との大誤報(他の新聞は取り扱いせず。愛知県、田原市、施肥農家自身の検査では基準以下を確認)を発信。これが、住民の不安を拡大し、㈱タナカ興業問題をややこしくしていきました。ますます、「話し合い」を遠ざけ、「進出反対」が鮮明になっていきました。経済建設委員会の場に市民の会代表の山本拓哉氏に出席を求め、法に基づかない検出方法であったことを確認しています。

 愛知県の操業許可が下りてからの操業による臭いの発生については、苦情に基づいた対応、市の臭気測定なども定期的に繰り返してきましたが、違法な状態は確認されていません。産廃対策会議で求めた環境保全協定も合意が得られず、㈱タナカ興業の操業は、法律違反がない限り、継続されていきます。住民は、いつまでも不安が解消できない状況となっています。弁護士に相談をしているようですが、「継続的な調査が必要」が解決策ということでしょうか。

 不安を和らげる方法は、僕が当初から主張してきた、㈱タナカ興業との話し合い、つまり環境保全協定の締結が一つだと考えています。お互いが話し合いの場に着くことができれば、臭いの解決のための協力関係も不可能ではありません。これまで様々な問題において、住民と企業との協力(住民の苦情解決のために企業が努力する)による、技術向上も解決の一助になっていると思います。今回の下水道汚泥・食料品残さの有効活用は、循環型社会の実験でもあります。無理な事業かどうかの見極めのためにも、まず話し合いのテーブルに住民、企業、行政が着く事が必要だと考えています。最初からの考えですが。

 ㈱タナカ興業の発酵肥料=産廃=悪と簡単にくくるべきではないと考えてきました。㈱タナカ興業は、法律の範囲で操業を続けています。㈱タナカ興業=悪と決めつけては、現在の状況は何も変わらないでしょう。市長は、「進出反対」を唱えてきた市民の会とは、正式に話し合いを持つことはありませんでした。市長は、住民と㈱タナカ興業との話し合いを粘り強く働きかけることもありませんでした。そのため、南部の行政区役員は、自ら矢面に立たざるを得なくなり、大変な苦労を経験することになりました。市長の責任放棄だったと考えています。

 市民の会の代表である山本拓哉氏は、次期市長選に出馬表明しています。これまで何回も指摘してきましたが、山本氏の反対運動は、市民の立場であったから許されてしまったようなものでしたが、市長という公の立場では到底許されないものでした。法に基づかない検査でのヒ素問題発信、法律違反を犯していない私企業を名指しで非難、解決策を示さないままでの反対運動の継続など、無責任な行動であったと考えています。

 「あなたが市長であったら、どの様に解決したのか?」と、早く聞いてみたいものです。議員の立場も鮮明になりました。新城市議会で山本氏と同調する言動を行ってきたのが浅尾議員です。次期市議選に二人目の日本共産党候補として立候補を目指している、川合守氏も同様な主張を繰り返してきました。自分が納得できないからと言って、一私企業を法律違反の根拠も示さないまま反対運動を続けることは、「市民の声」のはき違えとも言えます。

 ㈱タナカ興業問題から議員を評価します。議会としての動きは十分とは言えませんが、経済建設委員会が組織的に関わってきました。前期委員長は滝川議員でした。滝川議員は、「新城市の田畑が産廃肥料の不法投棄場所になる」との心配に応えて、住民の声をくみ取り施肥条例づくりに努力し、農業生産に必要以上の施肥とならないための防止条項を規定しました。

 後期委員長は山口議員でした。滝川議員の時と同様に、問題発生があれば委員会内での討議に心がけながら、㈱タナカ興業問題を継続して監視してきました。議員の中で、以上2人が評価に値する役割を果たしてきたと考えています。逆に浅尾議員は、一般質問での取り上げ回数が議員内ではトップでしたが、解決策を提案できないまま、市政批判を繰り返してきただけと言えます(自分が市長だったらどうするのか?)。他の議員では、㈱タナカ興業問題が浮上してきた当初、小野田議員が若い女性との交流(現在のママの会の方たち)を続けていましたが、後半は考え方の違いからそれらの方と離れ具体的な関与はできていません。

 また、中西議員は、度々一般質問で取り上げていましたが、住民の声を代弁する程度で、解決策を提案することはありませんでした。他の議員にとっては、「対岸の火事」程度であったように思います。ただ、今年度4月から委員会所管が変わり、㈱タナカ興業問題は厚生文教委員会に移りました。議会報告会で、今後について住民から質問された山崎厚生文教委員長は、「所管がかわったばかり。すべては白紙から始まる」と、自らの考え方を示すことは出来ませんでした。どうも、山崎議員の無責任ぶりが気になります。

 ㈱タナカ興業が新城で動き始めて約5年もの間、㈱タナカ興業問題を解決できなかった要因に、市長・議会自身が解決しようという意思を示さなかったことがあります。市民の会が何をやろうと、直接の関与を避けるかのように、傍観していただけでした。僕は、少しでも早期解決のためにと考え、委員会活動にも積極的に関わり、市民の会の代表山本拓哉氏には何回も苦言を呈し、公開での話し合い(山本氏が拒否)も提案してきました。市民の会からは、「産廃容認議員」と言われていましたが、議員として傍観者であってはならないという信念で、筋を曲げず主張を続けてきました。
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2017年07月20日

任期4年を振り返りますPart4

 今回は、議会改革について振り返ります。議会改革は、最後の最後まで議員の質をあぶり出し続けています。今議会の最後の大仕事が、議会基本条例の見直しのはずでしたが、行きつくところがみえてきません。

 現在は議会改革特別委員会(以下、特別委員会。委員は議長を除く全員)で議論を続けていますが、せっかく作った議会改革検討会議(委員10名)の見直し案が宙に浮きそうな雲行きとなってきました。予定では、7月中に議会基本条例の見直し案をまとめ、8月には市民説明会、パブリックコメントまで行い、その上で最終案を確定し、9月議会に提案することになっていました。

 検討会議で見直し案がまとめられ、6月27日には山梨学院大学法学部教授の江藤教授から見直し案の評価を頂きました。その評価は、「新城市議会の基本条例案を読んだ。最先端の事例が盛り込まれている。豊富な材料を基礎に、よく検討したことがわかる。敬意を表する」というものでした。

 この段階で、10名の委員でまとめた案で、保留にされた部分を議論すれば良かったものを、なぜか「現条例の評価を一条づつ行う」という方向を示したのです。江藤先生の「現条例の検証の経過を知りたい」という文言を基に(誰が指示したのかわかりませんが)、議論を最初に戻してしまいました。

 検討会議で現基本条例の問題点を認識したから、見直しを行ったのですから、「現条例の検証の経過」は検討会議の議事録を示せば良かっただけです。検討会議に傍聴を来なかった山崎議員が、先頭になって「何で変える必要があるのか。現基本条例で問題なし」と持論を展開し、特別委員会をかき回しています。それを制止できない丸山委員長の責任も大きいと考えています。

 前向きな議論であれば歓迎ですが、「基本条例を変えたいのは白井議員だ。あなたの思い通りに進ませるのはおかしい」という発言にみられるように、僕に対しての敵意をむき出しにしています。なぜか血迷っています。他にも「住民とともに歩み行動する議会というのは、住民投票、リコールを想定しているとしか考えられない」「議員が賛成、反対に分かれることがあるのに、どうやって議決責任をとるのか?」「東三河では新城市議会は進んでいる。他自治体との連携を考えれば、新城市議会だけが議会改革を先走るべきではない」「記者として何十年も議会をみてきた。新城市議会はこのままで問題ない」など、何としても議会改革(白井が主導をとっていると思い込み)を進ませないという意思を明らかにしているように感じます。

 それに同調するのが、新城同志会のメンバーである柴田・打桐・村田議員たちです。柴田・村田議員は、検討会議のメンバーであるにも関わらず、検討会議の見直し案に批判を繰り返しています。残念なことに、浅尾議員が、悪意はないとは思いますが、議会基本条例の必要性の認識が不十分なため、見当違いの発言(市民の声を聴くというのはどういうことなのか?どの市民の声を聴くということか?など)を繰り返し、会議時間を長引かせています。

 特別委員会は7月20日で9回目の会議を終えました。現基本条例の検証は、未だ7条(全26条)です。今のまま議論を続けていけば、相当な時間が必要です。何のための議会改革かを理解しようとしない議員が、まともな議論を遠ざけていきます。

 江藤先生も「議会改革をやりたくない議員はいる。普通であれば変えたくないものだ。今までの議会を変えたい人が魂を入れなければまともな議会改革はできない」と言われていました。議会改革の難しさは、議会改革をやりたくない議員の存在です。

 「9月議会に間に合うように覚悟を決めた」と言明していた特別委員会委員長の丸山議員は、「検討会議の進め方が問題だった」と責任回避ともとれる発言をしています。丸山議員も、検討会議のメンバーでした。多くの議員の無責任発言が、議員の質を示しています。最後になって、議員の立ち位置が良く見えています。

 特別委員会で前向きな発言は、滝川・小野田議員。それに続くのが順に、鈴木達雄・山口・加藤・菊池議員です。最低は、山崎議員です。長年の新聞記者生活で染みついた遅れた議会認識が、現在の議会改革の理解を妨げているように思います。議会改革で問題議員は、新城同志会のメンバーです。何のための議員か、その存在価値が問われていますが、本人たちにはその意識はないようです。

 市民福祉向上のために、議会改革を進めなければなりません。その目的が共有できれば、先進議会の取組を参考に、新城市議会の不十分さが簡単に把握できます。山崎議員の様に、東三河の各議会との比較しかできない議員では、いつまでも自分の立ち位置を客観的に評価できないでしょう。次期議員に立候補を予定しているようですが、議会改革にこれほど後ろ向きで、何のために議員になろうとするのか、僕にはわかりません。現議会で、市民福祉向上のために議員になろうとしている議員は、半分程度と考えています。新城同志会のメンバーは、明確に疑問符が付く議員集団です。

 新城市において、財政的に考えれば、すぐに危機的な将来がみえてきます。議会改革は、その危機感を認識した議員でなければ、最後まで踏ん張れないでしょう。自分のためだけで議員を目指している議員には、いつまでも議会改革の必要性さえ届かないかもしれません。今度の市長選・市議選は、新城市の近い将来の危機を回避するための選択選挙だと考えています。市民福祉向上のための志を持った候補者を期待しています。
posted by 地産池消 at 22:08| 愛知 ☀| Comment(0) | 市議会の出来事 | 更新情報をチェックする